神奈川県知事をつとめる、黒岩祐治さん。
元フジテレビのニュースキャスターです
今回は、そんな黒岩知事を取り巻く『家族』の物語です。
生年月日:1954年〈昭和29年〉9月26日
血液型 :O型
出身大学:早稲田大学政治経済学部
家族構成:
【実家】父親、母親、弟
【結婚】妻、長男、次男
◆実家・生い立ち
黒岩祐治さんは兵庫県神戸市の出身。
小学校は芦屋市立精道(せいどう)小学校、中学からは名門の灘中学校・高等学校を卒業しています。
灘高では生徒会長を務めました。
医師で受験アドバイザーの和田秀樹(わだ・ひでき)さんは、新入生の時に生徒会長だった黒岩さんが、
先輩が闘って勝ち取った自由と自主を守り続けられるかは、教師の問題ではない。君たちがどうあるかだということを自覚してください
と演説する姿に心酔。
自身も生徒会長を目指しますが、同級生の勝谷誠彦(かつや・まさひこ)さんに阻まれたのだそうです。[2]
話を黒岩さんに戻しましょう
輝かしい高校生活を送った黒岩さんですが、東京大学受験には2度失敗。
結果として、早稲田大学政治経済学部に進みました。
大学在学中は、早稲田大学雄弁会とミュージカル研究会に所属。
ミュージカルではラサール石井さんと同じ舞台に立っていたそうです。
◆がんを克服した父
黒岩祐治さんの父親は、鹿児島県の出身。[3]
薩摩隼人の誇りを持った人で、天下国家を語り、
国を動かすこと、それが素晴らしい生き方だ
と教えられて育ちました。
このため黒岩さんは、小学校低学年のころから、将来政治家になりたいと思っていました。
お父さんは80歳を超えて、末期の肝臓がんが見つかります。
腫瘍(しゅよう)マーカー5200で大きさは12センチ、余命2カ月の宣告。
このとき黒岩さんが藁にもすがる思いで頼ったのが、漢方でした。
漢方の哲学は「未病を治す」というもの。
もう末病ではない父親に合わないのではないかと考えながらも、食事指導などを行い、半年後には12センチの肝臓がんが3センチに縮小。
5200の腫瘍マーカーが20(40以下が正常)になり、完全に元気になったのでした。
お父さんはそれから2年半、元気な日々を過ごし、天寿を全うしています。
黒岩さんは、この経験を多くの人に知って欲しいと願い、書籍を発行しています。
《黒岩知事著:末期ガンなのにステーキを食べ、苦しまずに逝った父》
◆高齢の母
黒岩祐治さんのお母さんは、2020年8月現在で86歳と高齢ですが、神戸で元気に暮らしています。
◆大垣の弟
黒岩祐治さんには弟さんがいます。
現在、岐阜県の大垣で暮らしていらっしゃるようです。
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