菊間千乃の【家族】~41歳で結婚…同級生夫との間に子供は?父親は名門バレー部監督

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◆父親・菊間崇祠

菊間千乃さんのお父さんの名前は、菊間崇祠(きくま・たかし)さん。[1]

改名されたのでしょうか、昔の名前は「卓」さんとおっしゃったようです。

父・崇祠さんは、1934年〈昭和9年〉3月20日生まれになります。

職業は、八王子実践高等学校の教員でしたが、バレーボール部の監督として、全国的に有名な方です。

選手に対してはスパルタ指導で知られ、日本代表の三屋裕子(みつや・ゆうこ)さんや、大林素子(おおばやし・もとこ)さんら多数の名選手を育成しました。

しかし、娘に対しては優しく、千乃さんが大学受験に失敗した時は、叱りもせずに庇ってくれたのだそうです。

千乃さんが、フジテレビのアナウンサーになってからは、お父さんの縁で、春高バレー、バレーボールワールドカップなどの仕事を多くこなしました。

2012年、父・崇祠さんは、50年以上務めた八王子実践高バレー部監督を引退します。

引退後は、肺ガンの治療に専念し、現在は治癒して元気に過ごしていますが、タバコを止めないので千乃さんに怒られているそうです(^^;)

千乃さんは、ブログにお父さんのことをこう綴っています。

誰が何と言おうと、私にとっては最高にかっこいい自慢の父親です

◆母親のエピソード

菊間千乃さんのお母さんは、八王子実践高校の元部員で、マネージャーを務めていました。

監督とマネージャーの恋だったのですね!

さて、千乃さんはフジテレビ入社4年目の取材中に、ビルの5階から転落して、重傷を負ったことがあります。

長期間の入院を余儀なくされた千乃さんは、精神的に不安定になり、人との面会を拒絶していました。

この時お母さんは、千乃さんにほとんど付きっきりで面倒を見てくれましたが、そんな母親に八つ当たり…

自己嫌悪で泣きじゃくる娘の前で、お母さんは看護師さんに訴えます。

娘にこんな思いをさせるぐらいなら、自分が代わってあげたい…

そんな時、千乃さんが入院中に聴いていた曲が、Kiroroの『未来へ』でした。


Kiroro『未来へ』

この時の心境を、菊間さんはこう振り返っています。

一生、親孝行ちゃんとしなくっちゃって、改めて思いましたね、その時。

◆2歳年上の兄

菊間千乃さんには、2歳年上のお兄さんがいます。

お兄さんはとても頭がよく、同じように塾に通っていたのに、お兄さんはいつも一番上のクラス。

菊間さんは、大体下から2番目のクラスであり、幼心にこう思っていました。

自分は頭がよくないから、兄より努力しないと、兄と一緒にはなれないんだ

そんなお兄さんですが、中学受験では全部落ちてしまい、ベッドで一人泣いていたのを、菊間さんは目撃します。

しかし、そこで奮起したお兄さんは、高校受験ではすべてに合格し、大逆転を果たしたのでした。

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