砂川啓介の『家族』〜子供はなくとも大山のぶ代さんと元祖おしどり夫婦

2017年7月11日、俳優の砂川啓介(さがわけいすけ)さんが、尿管がんのために亡くなりました。

今回は、砂川さんの『家族』にスポットを当て、在りし日の砂川さんを偲びたいと思います。

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◆「体操のお兄さん」としてブレイク

砂川啓介さんは、東京都出身。

成城高校を卒業しているので、成績優秀だったのでしょう。

高校在学中に『足摺岬』など数々の社会派映画に出演。

1961年、NHK『うたのえほん』(後の『おかあさんといっしょ』)の、初代「体操のお兄さん」としてブレイクし、一躍、有名人となりました。

その後は「お昼のワイドショー」の司会を務める一方、俳優、講演など多方面で活躍しています。

◆大山のぶ代さんと元祖・おしどり夫婦

砂川啓介さんの奥さんは、初代ドラえもんの声でおなじみの、大山のぶ代さん。

砂川さんが「たいそうのおにいさん」でブレイクしていた頃、NHKの人形劇「ブーフーウー」でのぶ代さんも注目を集めます。

そして、ミュージカル共演をきっかけに2人は結婚しました。

2人はおしどり夫婦の代表格として知られ、のぶ代さんとの共著で料理本『啓介・のぶ代のおもしろ酒肴』は100万部を超えるベストセラーとなります。

2001年には、『カミさんはドラえもん』を出し、のぶ代さんのガンに夫婦で闘う姿が、周囲の感動を呼びました。

2015年5月には、のぶ代さんの認知症を、記者会見で公表。

のぶ代さんには身寄りがないため、

絶対にカミさんより先に死なない

と頑張っていましたが、残念ながらその思いは果たせませんでした。

現在、のぶ代さんは施設に入所しているそうです。

◆子供は?

砂川啓介さんと大山のぶ代さんの間には、二度、小さな命が宿ったことがあります。

しかし、一度目は流産、二度目は誕生後すぐに赤ちゃんの心臓の病気で、亡くなってしまいました。

その後、のぶ代さんは医師に

これ以上の妊娠は、母体の生死に関わるので諦めた方が良い

と告げられてしまいます。

そして、失意のどん底に落とされたのぶ代さんを救ったのは、「ドラえもん」でした。

子供がわりとも言えるドラえもんに対する、のぶ代さんの愛情は強く、他の仕事は断っていたそうです。

夫婦喧嘩の最中に、ついドラえもんの声を出してしまい、笑ってしまって仲直りすることもあったのだとか。

まさに「子はかすがい」ですね(*^^*)

◆まとめ

これまで見てきた通り、砂川啓介さんの活躍の陰には、最愛の妻・のぶ代さんの姿がありました。

そして、夫婦の子供であるドラえもん。

のぶ代さんの事が心配だと思いますが、ドラえもんが守ってくれると思います。

安心して、安らかにお眠りください。

《特選記事!》

大山のぶ代の『家族』~子供は?旦那さんが認知症を支援?

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コメント

  1. サイナイ より:

    佐藤弘道さん(※)時代には飯沢匡さんと宮崎恭子さんと高橋和枝さんを始め、杉田あきひろさんとつのだりょうこさんとタリキヨコ(現・きよこ)さん時代には乾裕樹さん、今井ゆうぞうさんとはいだしょうこさん時代には冬杜花代子さん、高木均さん(※)、佐久間俊直さん(※)、小林よしひささん(※)といとうまゆさん時代には多々良純さん、横山だいすけさんと三谷たくみさん時代には福田和禾子さんと宇野誠一郎さん、上原りささん時代からは中村秀利さん、越部信義さん(※)、大塚周夫さん、小野あつこさん時代からは小森昭宏さんと肝付兼太さん等が亡くなっていますが、花田ゆういちろうさん(※)の就任から『音楽博士のうららかコンサート』(※)の初放送後も当時の砂川啓介さんはまだ生きていたのが良かった所です。

    ただ、潘恵子さん等の出身地と同じ東京都港区内の病院で亡くなってしまったのが悔しいですが、せめて60周年までには長生きして欲しかったと思います。

    ※:7月18日にツイッターとブログで砂川啓介さんを追悼した3代目たいそうのおにいさん。

    ※:1994年5月2日~1997年4月4日までに3年間『おかあさんといっしょ』で放送されていたスタジオショートアニメ『ふしぎなあのこはすてきなこのこ』のナレーションを担当するまでにはテレビアニメ『ジャングル大帝』のヒュークと『ムーミン』のムーミンパパを始め、人形劇『にこにこぷん』のかしのきおじさん、1988年度スタジオジブリの映画『となりのトトロ』の大トトロ、NHKのオリジナルアニメ『ふしぎの海のナディア』のイリオン等の声を演じた東京府出身の俳優さんでしたが、2004年2月11日午前1時7分頃、虚血性心不全(推定)のため都内の自宅で死去してしまいました。まだ78歳でした。

    ※:北海道札幌市出身の2代目たいそうのおにいさんでしたが、2004年4月に亡くなりました。まだ71歳でした。

    ※:2005年4月4日から務めている4代目たいそうのおにいさん。

    ※:吉岡治さん作詞でボーカルショップが歌った『元気に一、二』、阪田寛夫さん作詞の『地球をどんどん』、山本正之さん作詞の『パラランたいそう』等を作曲した1933年8月21日生まれで東京都出身の作曲家さんでしたが、2014年11月21日に脳梗塞と肺炎の合併症のため死去されました。ちょうど81歳でした。

    ※:砂川啓介さん等と同じ東京都出身の12代目うたのおにいさん。

    ※:井出隆夫さんが脚本を手がけた2017年春の『おかあさんといっしょ』のファミリーコンサート。同年5月、東京都渋谷区のNHKホールにて収録。

    • カゲロウ より:

      コメントありがとうございます。
      物凄く詳しいですね、恐れ入ります。
      こうやって、かつての多くの子供達の記憶に残っているのですね!

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