タレント、アーティストとして活躍する、Matt(マット)さん。
本名は桑田将司(くわた・まさし)さんです。
今回は、そんなMattさんを取り巻く『家族』の物語です。

◆家族構成・家系図
Mattさんの実家の家族構成は、父親、母親、兄、本人の4人家族です。
父親は元プロ野球選手の桑田真澄(くわた・ますみ)さん。
母親は元客室乗務員(CA)の桑田真紀(くわた・まき)さんです。
2歳年上の兄は、元野球選手の桑田真樹(くわた・まさき)さん。
父と兄が野球の道を歩む中、Mattさんは音楽や芸術の世界へ進みました。
◆実家・生い立ち
Mattさんは、東京都世田谷区で生まれました。
1994年〈平成6年〉7月18日のことです。
父親は当時、読売ジャイアンツの投手として活躍していた桑田真澄さん。
兄の真樹さんも野球をしており、桑田家はまさに野球一家でした。
Mattさん自身も小学校1年生から少年野球を始めています。
しかし、本人が心を惹かれたのは、野球だけではありませんでした。
7歳の頃、ピアノに興味を持つようになり、小学校3~4年生になるとバイオリンも始めました。
中学校では吹奏楽部に入部。
コントラバスや打楽器、フルートなどを経験し、中学3年生からサックスを担当しています。
高校は、堀越高等学校へ進学。
吹奏楽部ではアルトサックスやソプラノサックスを担当し、3年生では部長を務めました。
東京都高等学校吹奏楽コンクールでは金賞を受賞しています。
大学は、桜美林大学の芸術文化学群音楽専修へ進学。
サックスやピアノ、ドラム、作曲などを学び、アメリカ留学も経験しました。
大学1年生のときにはブライダルモデルとして活動を始め、卒業後はタレント、アーティストとして芸能界で活躍するようになります。
◆父親は元巨人のエース・桑田真澄
Mattさんの父親の名前は、桑田真澄(くわた・ますみ)さん。

1968年〈昭和43年〉4月1日生まれで、大阪府の出身です。
PL学園高等学校時代には、清原和博(きよはら・かずひろ)さんとともに「KKコンビ」として甲子園を沸かせました。

1985年のドラフト会議で読売ジャイアンツから1位指名を受けて入団。
巨人のエースとして活躍し、プロ野球通算173勝を挙げています。
そんなお父さんのもとに生まれたMattさんは、幼い頃から野球に親しんできました。
しかし、野球を続けるうちに、少しずつ違和感を覚えるようになります。
泥だらけになることや坊主頭、野球独特の掛け声が苦手で、周囲から期待されることもストレスだったそうです。
兄の真樹さんとは別の野球チームに所属していましたが、それも母親が周囲との比較を避けるために考えたことでした。
小学6年生になると、父親が運営する中学生チームへの入団を決める時期がやってきます。
Mattさんは、野球を小学校で辞めると決めていました。
しかし、父親にはなかなか言い出せません。
ついに伝えようとしたときには、

野球はやらない!
と言って、家のトイレに閉じこもってしまったそうです。
普段は明るい息子が、そこまで思い詰めていたことに、両親も驚いたといいます。
父親の真澄さんも、本音では息子に野球を続けてほしかったそうです。
2024年のテレビ番組では、Mattさんに向けて、

野球と音楽どっちを選んでもいいよ
と伝えたことを振り返っています。
野球を選ばなかった息子の人生を認め、応援してきたのですね。
◆母親は元CA・桑田真紀
Mattさんの母親の名前は、桑田真紀(くわた・まき)さん。
東京都出身で、かつては航空会社の客室乗務員(CA)として働いていました。
その後、専業主婦を経て、現在は夫と次男のマネジメント会社を経営しています。
2021年には、子育ての経験をまとめた著書『あなたはあなたのままでいい』を出版しました。
真紀さんの子育てで印象的なのは、子供に自分の価値観を押し付けなかったことです。
夫の真澄さんは野球選手で、兄の真樹さんも野球に打ち込んでいました。
そのため、家庭には「野球ファースト」という空気がありました。
しかし、Mattさんは野球よりも絵を描いたり、音楽に親しんだりすることが好きでした。
真紀さんは、息子が野球に夢中になる日を待ちながらも、無理に続けさせようとはしませんでした。
小学校の頃、Mattさんがバイオリンを習いたいと言ったときも、
じゃあ、やってみようか!
と応援し、一緒に楽器を買いに行ったそうです。
野球を辞めると決めたときも、母親は息子の気持ちを受け止めました。
さらに、母親の支えが必要だったのは、野球を辞めたときだけではありません。
高校1年生の頃、Mattさんは吹奏楽部の顧問との行き違いから、学校を辞めたいと思い詰めたことがあります。
真紀さんは息子と何度も話し合い、気持ちを聞き続けました。
普段から夕食時や入浴後などに「今日どうだった?」と尋ね、子供の話をじっくり聞くことを大切にしていたそうです。
やがてMattさんは、芸能界へ進みます。
独特のメイクやファッションが注目される一方、世間から批判的な声を浴びることもありました。
そんなときも真紀さんは息子の味方でした。
慣れない撮影に立ち会い、仕事の連絡をこなし、息子の活動を支えてきたのです。
Mattさんは母親について、自分の個性を否定せず、いつも応援してくれた存在だと語っています。
現在はマネジメント会社の経営者としても、息子の活動を支える真紀さん。
子供の好きなことを尊重し、自分の人生を自分で選ばせるという子育てを実践してきた母親です。
◆兄は元野球選手・桑田真樹
Mattさんには、2歳年上の兄が1人います。
名前は、桑田真樹(くわた・まさき)さん。
1992年〈平成4年〉8月10日生まれです。
真樹さんは父親と同じく、野球の道へ進みました。
桜美林高等学校から桜美林大学へ進学し、外野手として活躍。
大学では主に3番打者を務め、2014年のプロ野球ドラフト会議では、新潟アルビレックス・ベースボール・クラブから指名を受けました。
その後は信濃グランセローズ、滋賀ユナイテッドでもプレーしています。
一方、弟のMattさんは音楽の道を選びました。
兄弟で進んだ分野は違いますが、高校時代には思いがけない形で2人の道が交差します。
Mattさんが通っていた堀越高校の吹奏楽部が、野球の試合の応援に出かけたときのこと。
対戦相手は、兄・真樹さんが所属する桜美林高校でした。
しかも、父親の真澄さんも兄の応援に来ていたのです。
Mattさんはこの出来事を振り返り、
野球と音楽で思い出を共有した
と語っています。
兄はグラウンドでプレーし、弟はスタンドで楽器を演奏する。
同じ家族で育ちながら、違う道を選んだ兄弟が、ひとつの試合で思い出を共有したのでした。
◆エピローグ
Mattさんが音楽に興味を持つきっかけとなったのは、父・真澄さんの肘の故障でした。
プロ野球選手として活躍していた真澄さんは、肘の手術後、リハビリのためにピアノのレッスンを受けていました。
小学校1年生だったMattさんは、その姿を後ろから眺めていました。
父親がピアノを弾く姿を見て、

ピアノって楽しそう
と思ったことが、音楽との出会いだったそうです。
野球を極めた父親が、故障からのリハビリで始めたピアノ。
その何気ない姿が、息子の人生に新しい道を開きました。
父と同じ野球選手にはならなかったMattさんですが、父親の存在が、思いがけない形で音楽人生の原点になっていたのですね。
◇脚注・出典
- NPB日本野球機構 桑田真澄・個人年度別成績
- 日刊スポーツ 2024年4月29日 Matt、本名明かすも「これも途中で変わってて。一番最初は『まさと』って名前だったんです
- 講談社 2021年4月14日 『あなたはあなたのままでいい』桑田真紀
- 神戸新聞NEXT 2021年5月 母が回想、Mattさんがトイレに閉じこもった日
- VOCE 2021年5月4日 Mattが偉大な父「桑田真澄」から解き放たれた理由
- STORY 2021年 野球の道を選ばなかった、Mattさんを救った「母のことば」とは?
- 美的.com 桑田真紀プロフィール
- デイリースポーツ 2024年7月30日 Matt 高校時代の父・桑田真澄氏との思い出を披露
- 桜美林大学公式サイト 野球部OBの活躍
- 週刊ベースボールONLINE 2014年プロ野球ドラフト会議・桑田真樹選手プロフィール
- 日刊スポーツ 2024年12月28日 桑田2軍監督、次男Mattへ父親の本音ポロリも「野球と音楽どっちを選んでもいいよ」
- Yahoo! JAPAN 2017年5月31日 桑田真澄さんの息子のモデル・Mattさんのプロフィール



コメント