サザンオールスターズで長年活躍する、原由子さん。
今回は、そんな原さんを取り巻く『家族』の物語です。
◆実家は老舗てんぷら店
原由子さんは、神奈川県横浜市の出身。
実家は横浜関内(かんない)駅前の天ぷら屋さん「天吉(てんきち)」を営んでいます。
天吉は明治5年創業で、何度か移転をしながらも、横浜の人に愛されてきました。
サザンの初期の楽曲『今宵あなたに』で、この店のことが歌われており、ファンにとっても聖地的存在です。
しかし、原さんはエビ天を食べるとじんま疹が出るのだとか。
桑田さんはこのことを『エビのたたり』と称しています。

◆父親は4代目店主
原由子さんの父親は、天吉の4代目店主に当たります。
戦時中Y校のブラスバンドで、一カ月でクビになるまでピッコロを吹いていた
というエピソードがあるので、横浜高校のブラスバンド部だったのでしょうね。[1]
「音楽はウチの血統」というのが自慢の、音楽好きなお父さんでした。
もう一つ好きだったのがお酒で、長男いわく
父はお酒で逝っちゃった
ということ。
実際、お父さんは2015年ごろに亡くなっています。
◆母親はフェリス出身
原由子さんの母親は、5人姉妹の3番目でしたが、5人姉妹は全員フェリス女学院の出身でした。
そして、フェリスでの学園生活が楽しかったため、娘にもフェリスを勧めます。
しかし残念ながら原さんは、フェリス中学部の受験に失敗。
中2のときの編入試験も不合格で、高校に上がるときに補欠合格ということで、辛くも合格を果たしました。
お母さんは大喜びでしたが、何度もフェリスに落とされた原さんは、すっかりフェリスが嫌いになっていて、
私は、絶対にフェリスには行かない!
と抵抗。
最後は叔母達が懸命に説得し、原さんはしぶしぶフェリスに通うことになります。
しかし、母親に無理矢理進路を決められた形となった原さんは、お母さんとの関係が険悪になり、口も聞かなくなってしまいました。
そんな原さんを救ったのは、やはり音楽でした。
同じ編入組の友達と『ジェロニモ』というユニットを結成。
原さんは明るさを取り戻し、お母さんとの関係も、改善して行ったのでした。
ちなみにお母さんは、宝塚歌劇団の大ファンで、やはり音楽好きなのでした。
◆兄は5代目店主
原由子さんにはお兄さんがいて、名前は原茂男(はら・しげお)さん。
1953年生まれなので、原さんより3歳年上になります。
浅野学園、武蔵大学を卒業して、実家・天吉の5代目店主となりました。
2018年5月6日、客の男が店の従業員に暴力をふるい、ニュースになったことがあります。
この時、店長が平手打ちされていますが、被害者はお兄さんのようですね。[2]
茂男さんの奥さんはJAZZボーカリストで、学生時代にフォークソング・グループで活動し、卒業後はCMソングなども歌っていました。
ちなみにお兄さんもJAZZベースをやっているそうです。
◆夫・桑田佳祐
原由子さんの夫は、サザンのバンマス、桑田佳祐(くわた・けいすけ)さん。
1956年2月26日生まれなので、原さんより1歳年上になります。
桑田さんとの馴れ初めは、青山学院大学で同じ音楽サークル『BETTER DAYS』に入ったこと。
桑田さんの第一印象は、
なんとなくいじめっ子ぽかった
というものでした。
しかし、ピアノの技術を買われて桑田さんのバンドに参加し、桑田さんが歌うクリームやディープパープルの歌声に聞き惚れ、惹かれていきます。
学生時代から2人の交際は始まりましたが、サザンオールスターズとしてデビューすると、2人の関係はギクシャクするようになります。
1979年1月の寒い夜、「別れよう」と切り出した桑田さん。
しかし、翌朝再びアパートに来た桑田さんは、
結婚しよう!ずっと一緒にいよう!
と昨夜の言葉をひるがえしました。
その数日後、桑田さんが
曲が出来たから、聴いてよ!
と言って、電話越しに聴かせた曲が『いとしのエリー』でした。
不朽の名作は、本当の愛をバックグラウンドとして生まれたのでした✨

◆子供が2人
原由子さんと桑田佳祐さんの間には、2人の子供がいます。
①長男・桑田祐宜さん
長男の名前は、桑田祐宜(くわた・ゆうき)さん。
1986年2月10日生まれです。
長男・祐宜さんは、高校時代からバンド活動をしていて、
同じ学校に通っていた山下達郎と竹内まりやの長女と一緒のバンドでデビューする
という噂が駆け巡ったこともありました。[3]
大学でもバンド活動を継続し、卒業時にはいくつかのレコード会社からデビューの誘いが来ます。
この時、桑田さんと原さんは、
まだデビューできる実力なんてない。どうしてもデビューしたいのだったら、絶対に『桑田』の名前を使うな。それでもデビューさせてくれるところがあるなら、すればいい
と、突き放しました。
その後は就職することもなく、六本木のライブハウスなどで、バイトとしてギターを弾きながら、親のすねをかじる生活。
しかし、2010年に桑田さんが食道がんになったことで、祐宜さんは
親に心配はかけられない
と思うようになり、本気でデビューを目指すようになりました。
2012年11月、祐宜さんは『READ ALOUD』というバンドで、CDデビューを果たしています。
②次男・桑田洋輔さん
次男の名前は、桑田洋輔さんと言われています。
次男は芸能人ではないので、詳しい情報は公開されていません。
◆まとめ
これまで見てきた通り、原由子さんの活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。
これからも家族の応援を胸に、原さんの挑戦は続いていきます(^o^)丿
◇脚注
- 神奈川新聞 2019年6月28日 トラウマ ワインをめぐる冒険
- 日刊スポーツ 2018年5月6日 サザン原由子の実兄が被害者か?実家店舗で暴行事件
女性セブン 2013年8月22・29日号 桑田佳祐の長男 「一生ニートで過ごす」が口癖だった時期も
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