2016年11月25日、キューバ前国家評議会議長であり「キューバ革命の父」と称される、フィデル・カストロ氏が亡くなりました。
今回は、カストロ前議長(以降、あえて「カストロ議長」と呼びます)の活躍を支えた『家族』にスポットを当て、ご紹介します。
◆父親の職業は?
フィデル・カストロ議長の父親の名前は、アンヘル・カストロ・イ・アルギス氏。
父・アンヘル氏は、スペインのガリシアから移住した移民でした。
移住当初は、サトウキビ農場のひとつで働きましたが、やがて人望を集め、三十五歳のころに独立。
農場を借り、労働者も雇い、裕福な農場主として「ドン・アンヘル」と呼ばれていたそうです。
◆母親の名前は?
フィデル・カストロ議長の母親の名前は、リナ・ルス・ゴンサレスさん。
母・リナさんは、アンヘル氏の2番目の妻で、夫より25歳も若い女性でした。
ほとんど読み書きはできませんでしたが、信心深い方であったということです。
◆弟・ラウル氏
フィデル・カストロ議長には弟がいて、名前はラウル・カストロ氏。
1931年6月3日年生まれで、現在85歳なので、カストロ議長より5歳年下になります。
弟・ラウル氏は、カストロ議長よりも先に共産主義に傾倒していたそうです。
キューバ革命では、兄・カストロ議長と行動を共にし、革命後の政権では国防大臣に就任。
その後、キューバ共産党の第二書記となると、政権のナンバー2として、カストロ議長を支えてきました。
2008年、カストロ議長の引退に伴い、後継者として国家評議会議長に就任。
85歳の現在も国家元首として君臨していますが、アメリカ等の報道では、現在パーキンソン病を罹っていると伝えられています。
◆その他兄弟
フィデル・カストロ議長は、7人兄弟ですが、名前が分かっているのは、以下の3人。
ジョージア・カストロ・アーゴタさん(姉・ 1918年生まれ?)
ファニータ・カストロさん(妹・1933年5月6日生まれ)
エマ・カストロさん(妹・1935年1月2日生まれ)
妹のファニータさんは、兄弟でただ一人革命に反対し、1965年からマイアミに住んでいます。
◆最初の妻
フィデル・カストロ議長は、1948年に同窓のミルタ・ディアス・バラルトさんと結婚しました。
しかしカストロ議長の不倫が原因で、1955年に離婚。
その後ミルタさんは再婚して、スペインに移り住みました。
◆2人目の妻
ミルタさんとの離婚原因となった女性は、高名な医師の妻、ナタリア・リベルタさん。
カストロ議長は、ナタリアさんと1952年に出会い、不倫の末、再婚しています。
◆3人目の妻?
1957年、カストロ議長は生涯のパートナーとも呼ぶべきセリア・サンチェスさんと出会い、1980年にセリアさんが亡くなるまで、共に暮らしました。
◆4人目の妻
カストロ議長は、1980年、トリニダード・トバゴ出身のダリア・ソト・デル・バジュさんと、またも不倫の末に結婚しました。
その後、公式的に妻がいない状態となり、ファーストレディー役は弟(ラウル氏)の妻が引き受けています。
◆子供
フィデル・カストロ議長には、妻がたくさんいるためか、子供もたくさんいます。
最初の妻・ミルタ夫人との間に4男を儲けており、みなキューバに居住していますが、政治的には高い地位にはついていません。
2人目のナタリア夫人との間には、娘が1人います。
4人目のダリア夫人との間には、さらに5人の息子がいるそうです。
しかし、カストロ議長には「6人の息子がいる」という記事もあり、情報が錯綜しているようですね。
◆長男・フィデリト氏
フィデル・カストロ議長の長男の名前は、フィデリト・カストロ氏。
1949年9月1日生まれなので、年齢は67歳になります。
長男・フィデリト氏はモスクワ大学の原子力工学博士であり、キューバに帰って原子力委員会の責任者として働いていましたが、現在は解職されたそうです。
◆三男・アレックス氏
フィデル・カストロ議長の三男の名前は、アレックス・カストロ氏。
職業は写真家で、
家族はみな韓国ドラマが好きだ!
と話すなど、親韓派の一面もあります。
◆娘・アリーナさん
フィデル・カストロ議長の長女の名前は、アリーナ・フェルナンデス・リベルタさ。
娘・アリーナさんは、1956年生まれなので、年齢は60歳になります。
母親のナタリアさんは、カストロ議長にとって、
革命的同志であり、恋人
の立場であり、アリーナさんが生まれた時、カストロ議長は最初の妻との結婚生活を送っていました。
アリーナさんは、父であるカストロ議長について、次のように語っています。
父は私が子供の時はゲームもしたりしたやさしい父だったが、(私が)年を取るにつれて、お互いの関係が変わり始めた…
やがてアリーナさんは、キューバでの暮らしに耐え切れなくなり、幼い娘のため亡命を決意。
1993年に亡命して、現在は米国のマイアミに住んでいます。
◆まとめ
フィデル・カストロ議長は親日家として知られ、昭和天皇の崩御の際は、喪に服していました。
WBCで日本が連覇を達成すると、原監督の投手起用法を高く評価し、決勝打を放ったイチロー選手を、
世界最高の打者!
とたたえるなど、独裁者とは違った意外な一面をのぞかせています。
ご冥福を、お祈り申し上げます。
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