本田真凜の『家族』~実家はお金持ち…父親の職業は?姉と兄と2人の妹について

フィギュアスケート選手として活躍する、本田真凜さん。

アイスのパピコは両方とも自分で食べます!

今回は、そんな真凜さんを育み、支えてくれる『家族』にスポットを当て、ご紹介します。

名前:本田真凜(ほんだ・まりん)
生年月日:2001年〈平成13年〉8月21日
身長:163cm
血液型:B型
出身地:京都市伏見区
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◆実家はお金持ち

①実家はお金持ち

フィギュアスケートはお金がかかるスポーツで、普通に始めただけでも、1人年間300万円は必要。

トップ選手になると、コーチ代、衣装代、遠征費などで、1人年間1000万円は掛かると言われています。

本田家は、真凜さんを含め4人もその道に進んでいることから、実家は相当なお金持ちではないかと言われていました。

人々の憶測は当たっていました

真凜さんの実家は、精密機器関連の製造から、運送やメンテナンス、保管まで行う会社を経営しています。[1]

関連会社4社を合計すると、年商は20億円に上るのだとか。

本田家の家業は、元々運送会社でした。

そこへ、商社マンだった祖父が結婚して婿養子に入り、高額な精密機器を運ぶ物流会社に変貌させます。

さらに、設置もメンテも請け負うまでに拡大させ、他者に真似できないビジネスモデルを構築することに成功したのでした。

現在、家業は次男(真凜さんの叔父)が中心となって運営しています。

真凜さんは、本田家の手厚いバックアップがあるおかげで、競技に集中できるのでした。

②生い立ち

本田真凜さんは、京都市伏見区の出身。

2歳でスケートを始め、他にアイスホッケー、水泳、体操、テニス、ピアノ、絵画教室を掛け持ちしていました。

小学校は、関西大学初等部へ入学。

小学校4年生の時、初の海外公式戦であるチャレンジカップデブスクラス(ノービス未満)に出場し、優勝しています。

中学校は、関西大学中等部へ進学。

中学2年生の時、世界ジュニア選手権に初出場しながら優勝するという快挙を達成しています。

高校は、関西大学高等部へ進学。

しかし、1年次修了後に、練習拠点をアメリカへ移すとともに、青森山田高等学校の普通科スポーツコースへ編入学しました。

大学は、明治大学に進学。

スケート部に在籍していますが、引き続き日本航空にも在籍しています。

◆父親の職業は?

本田真凜さんのお父さんの名前は、本田竜一(ほんだ・りょういち)さん。[2]

1968年生まれになります。

父・竜一さんは大阪生まれの京都育ちで、現在も京都に居を構え、5人の子育てに奮闘してきました。

竜一さんは、元スケート選手だそうで、真凜さんがスケートを始めたのは、お父さんがきっかけとなっています。

お父さんの職業は、実家の会社の株式を持ち、役員を務めています。

竜一さんは長男なので、実家を継ぐ選択肢もありましたが、子供たちのスケート生活をサポートするため、その座を弟に譲ったのでした。

本も出してます!

◆母親の年齢は?

本田真凜さんのお母さんの名前は、本田真紀さん。[3]

年齢は非公開ですが、お父さんと大学時代に知り合って結婚しているので、同世代だと思われます。

本田家の教育方針は、

子供の可能性を探るため、色々と習い事をさせること

サッカーや体操、水泳、テニス、ピアノ、お絵かき教室…

子供たちが「やりたい!」というものを探しては、やらせてきた結果、子供たちが選んだのがフィギュアスケートだったのです。

1人でも大変そうですが、5人となると手続きだけでも大変そうです(^^;)

しかし、送り迎えやお弁当など、母・真紀さんを中心に子供たちをサポートしてきました。

現在では、これらの経験を活かして、子育ての講演会なども開催されています。

◆姉の名前は?

本田真凜さんは、5人兄弟の3番目に当たります。

一番上のお姉さんの名前は、本田真帆さん。[4]

年齢は、真凜さんより6歳年上になります。

名前の由来は、母・真紀さんの名前から「真」の一文字をもらったこと。

それと、両親が最初に出会ったヨットハーバーから、ヨットのセールにちなんだ「帆」の文字を合わせて、名付けられました。

真帆さんは兄弟で唯一、フィギュアスケートをやっていませんが、身体が弱いためとも言われています。

◆兄・本田太一

本田真凜さんにはお兄さんもいて、名前は本田太一(ほんだ・たいち)さん。[5]

1998年〈平成10年〉8月2日生まれなので、真凜さんより3歳年上になります。

太一さんも色んな習い事にチャレンジし、スケートはホッケーから始めましたが、後にフィギュアスケートに専念。

高校は関西大学高等部へ通いながら、同校のアイススケート部に所属し、全国高校選手権で5位の成績を収めました。

大学4年生までフィギュアを続けましたが、2020-2021シーズンを最後に、現役を引退

引退後は、首都圏の一般企業(日本M&Aセンター)への就職が決まっています。

◆長妹・本田望結

本田真凜さんの妹は、子役として活躍する本田望結(ほんだ・みゆ)さん。[6]

2004年〈平成16年〉6月1日生まれなので、真凜さんより3歳年下になります。

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4歳の時に、StyleONEのCMで芸能界デビューし、2011年に『家政婦のミタ』へ出演したことで、一気にブレイクしました。

現在もオスカープロモーションに所属する女優ながら、フィギュアスケートにも挑戦する「二刀流」。

仕事の際には、自宅のある京都から東京まで通っており、「二刀流」の負担を心配する声もありますが、

望結は決して50、50(%)のつもりではない。どっちも100、100(%)のつもりでやってるから…

と、本人は否定しています。

力強い言葉を証明するエピソードがあります。

テレビ番組の収録が東京であり、最終便の新幹線で京都に戻り、翌朝6時半からフィギュアスケートの大会というスケジュールとなったことがあります。

寝不足と疲れで調子がよくなかったので、母・真紀さんは、

出場するのをやめる?

と聞きました。

しかし望結さんは答えます。

ここに戻ってこられたから参加する。新幹線も動いたし、風邪も引いていないし、ここに立てることに感謝してる…

そうして臨んだ大会で、なんと望結さんは、優勝を決めたのでした。

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◆末妹・本田紗来

本田真凜さんには、もう一人妹がいて、名前は本田紗来(ほんだ・さら)さん。[7]

2007年〈平成19年〉4月4日生まれなので、真凜さんより6歳年下になります。

紗来さんもフィギュアスケートを習っており、幼年女子の部で優勝経験を持つ実力派。

さらに、オスカープロモーションにも所属する「二刀流」でもあり、『さんまのまんま』や『フルーチェ』のCMに出演しています。

それぞれの分野で、姉2人を超える活躍が期待されています。

◆まとめ

これまで見てきた通り、本田真凜さんの活躍の陰には、温かくて楽しい『家族』の姿がありました。

これからも家族の応援を胸に、真凜さんの挑戦は続いていきます(^o^)丿

◇脚注

  1. デイリー新潮 2017年10月24日 “ポスト真央”大本命 「本田真凛」の年商20億円実家家業
  2. デイリーニュースオンライン 2016年4月21日 浅田真央越えは確実?本田真凛姉妹を育てた”3つの習慣”
  3. Sports Graphic Number 2015年4月14日 <本田真凜、望結の母が語る>我が子をスケーターにするには。
  4. プレジデント社 2013年1月30日発売 本田家流 子育てのヒント 長女を育て、四女に教わった
  5. FNNプライムオンライン 2021年12月10日 【全日本フィギュア】本田太一が期待を寄せる、東日本を勝ち抜いたスケーターたち
  6. スポニチアネックス 2022年1月3日 本田望結 2022年最初のショットは姉・真凜との公園でのハグショットで「ぎゅ」
  7. スポニチアネックス 2021年11月20日 本田真凜 妹・紗来との仲良し2ショット披露にフォロワー「可愛すぎて尊い」「ほのぼの」「最強姉妹」

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