鍵山優真の『家族』~父親はフィギュア元五輪代表・鍵山正和…母と姉と弟と

日本フィギュアスケート界のサラブレット、鍵山優真さん。

愛称は「ゆまち」です!

今回は、そんな優真さんを取り巻く『家族』の物語です。

【プロフィール】
名前:鍵山優真(かぎやま・ゆうま)
生年月日:2003年5月5日
身長/体重:160cm/51kg
血液型:O型
出生地:長野県軽井沢町 [1]
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◆生い立ち

鍵山優真さんは、長野県軽井沢町で生まれました。[1]

5歳でスケートを始めると、軽井沢中部小学校時代は、ほぼ毎日、軽井沢風越公園アイスアリーナで練習に打ち込みます。

しかし、小学校時代は、一度も表彰台に立つことはありませんでした。

中学進学と同時に神奈川県横浜市へ引っ越し、横浜市立六角橋中学校に通います。

2018年2月に行われた第38回全国中学校スケート大会で総合2位に食い込み、初の表彰台を経験。

浮上のきっかけを掴むと、自身初の国際大会となったアジアフィギュア杯で優勝を果たしました。

高校は、通信制の星槎(せいさ)国際高等学校の横浜鴨居学習センターに在籍しています。

◆父親はフィギュアの元五輪代表

①父親は元五輪代表

鍵山優真さんの父親の名前は、鍵山正和(かぎやま・まさかず)さん。[2]

1971年4月12日生まれで、フィギュアスケートのメッカ、愛知県名古屋市の出身です。

父の正和さんもフィギュアスケートの元選手で、

  • アルベールビル五輪(1992年)
  • リレハンメル五輪(1994年)

と、2つの冬季オリンピックを経験しています。

ちなみに、アルベール五輪までは夏季と冬季が同年開催でしたが、リレハンメル五輪からは夏冬2年ごとの開催とするため、アルベールとリレハンメルは2年しか離れていません。

また、4回転ジャンプを日本人として大会で初めて成功させたレジェンドとしても知られる選手でした。

②父親はフィギュアの師

そんな父親のもとで育った優真さんがスケートを始めたのは、ある意味自然な流れでした。

当時、正和さんが勤めていた富山県内のスケートリンクで、優真さんは初滑りを経験します。

滑るというより遊んでいた。いつの間にか(習い)始めていて、それぐらい楽しかった

父・正和さんはそんな息子に対し、

個人スポーツは厳しい世界。やめてほしい気持ちもあった

と、葛藤を抱えます。

しかし、優真さんは真っすぐな回転軸のスピンなど、経験者でなければ分からないような光るセンスを持ち合わせていました✨

磨いていければいけるのかな…

正和さんは、まずは優真さんのスピンを磨くところから始めて、徐々に練習のレベルを上げていきました。

③父親が病魔に襲われる

2018年6月23日、鍵山優真さんが15歳の時のこと。

ジュニアグランプリシリーズ派遣選考会で演技を終えた直後、父・正和さんが病に倒れます。

あまり状況が理解できなくて。気づいたらお父さんが病院にいた

初めて、父親から指導を受けれなくなった優真さん。

こまめにジャンプの動画を撮っては正和さんにLINEで送り、返ってきたアドバイスをもとに練習を繰り返します。

良い報告をしたいとずっと思っていたので、お父さんがいなくても頑張れた

優真さんは父の分まで後輩の面倒を見たり、自分で練習メニューを組み立てたりするようになりました。

半年後、正和さんがリンクに戻ってくると、そこには一回り大きくなった息子の姿がありました。

◆母と姉と弟と。

鍵山優真さんの家族構成は、父親のほかに、母親と姉と弟がいると言われています。

◆まとめ

これまで見てきた通り、鍵山優真さんの活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。

これからも家族の応援を胸に、優真さんの挑戦は続いていきます(^o^)丿

◇脚注

  1. OLYMPIC CHANNEL 2020年12月 鍵山優真:レジェンドの血を継ぐ“フィギュア界のサラブレッド”は中学から開花、ユース五輪で金を掴む
  2. 日本経済新聞 2020年10月25日 父が倒れても「頑張れた」 フィギュア鍵山優真(下)

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