【福田康夫】の家族~父は元首相・福田赳夫、長男は衆院議員・福田達夫…親子三代で受け継ぐ政治の志

第91代内閣総理大臣を務めた、福田康夫(ふくだ・やすお)さん。

父も首相を務めた政治家一家に生まれ、妻と子供に恵まれた人生でした。

今回は、そんな福田さんを取り巻く『家族』の物語です。

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◆家族構成・家系図

福田康夫さんは、父・福田赳夫(ふくだ・たけお)さんと母・福田三枝(ふくだ・みえ)さんの長男として生まれました。

弟2人、妹2人がいる5人きょうだいです。

自身は結婚し、妻・福田貴代子(ふくだ・きよこ)さんとの間に3人の子供をもうけています。

長男の福田達夫(ふくだ・たつお)さんは父と同じ政治の道へ進み、衆議院議員として活動しています。

祖父・赳夫さん、父・康夫さん、長男・達夫さんへと、政治家としての歩みが三代にわたって続いているのです。

◆実家・生い立ち

福田康夫さんは、1936年〈昭和11年〉7月16日、東京都世田谷区で生まれました。

父の赳夫さんは当時、大蔵省に勤務する官僚でした。

康夫さんは麻布中学校、麻布高等学校を経て、早稲田大学第一政治経済学部へ進学します。

大学を卒業した1959年〈昭和34年〉3月、23歳の康夫さんは社会人としての一歩を踏み出しました。

入社したのは、石油会社の丸善石油株式会社です。

その後、アメリカのロサンゼルス支店でも勤務しました。

父が政治家として活躍する一方、康夫さんは民間企業で働き、会社員として経験を積んでいきます。

ところが1976年〈昭和51年〉、父・赳夫さんが内閣総理大臣に就任すると、康夫さんの人生にも大きな転機が訪れました。

同年11月に丸善石油を退社し、父の議員秘書となります。

翌1977年〈昭和52年〉には、内閣総理大臣秘書官を務めました。

会社員から政治の世界へ。

父の仕事を間近で支えた経験は、後に自身が政治家となるまでの歩みにつながっていきます。

◆父親は第67代内閣総理大臣・福田赳夫

福田康夫さんの父は、福田赳夫(ふくだ・たけお)さんです。

1905年〈明治38年〉1月14日生まれ。

大蔵省の官僚から政界へ転じ、1976年〈昭和51年〉12月、第67代内閣総理大臣に就任しました。

首相在任中には、日中平和友好条約の締結などに取り組んでいます。

康夫さんが父の秘書官を務めたのは、赳夫さんが首相だった時期です。

父の政治活動を支えた後、康夫さん自身も1990年〈平成2年〉の衆議院議員総選挙に出馬し、初当選を果たしました。

その後、内閣官房長官などを歴任し、2007年〈平成19年〉9月、第91代内閣総理大臣に就任します。

父が第67代、息子が第91代。

現憲法下では初めて、親子二代で首相を務めることになりました。

政治家として父と同じ道を歩んだ康夫さん。

その出発点には、父の秘書として政治の現場を経験した日々がありました。

◆母親・福田三枝

福田康夫さんの母は、福田三枝(ふくだ・みえ)さんです。

父・赳夫さんが大蔵省に勤務していた時代に家庭を築き、康夫さんを長男として育てました。

康夫さんには弟2人、妹2人がいます。

政治家の家庭として知られる福田家ですが、家族の詳しい日常や、三枝さんと子供たちの具体的なエピソードについては、広く確認できる資料が限られています。

そのため、三枝さんの人物像については、確かな根拠のある情報を中心に紹介するにとどめます。

◆妻・福田貴代子

福田康夫さんの妻は、福田貴代子(ふくだ・きよこ)さんです。

貴代子さんは、夫が首相を務めた時期には「総理夫人」として外交活動にも携わりました。

なかでも力を注いだのが、母子健康手帳の普及活動です。

日本では、妊娠中から出産、乳幼児期までの健康状態を記録する母子健康手帳が広く使われています。

貴代子さんは、自身が子供3人を育てた経験から、この仕組みの大切さを海外にも伝えたいと考えました。

2008年〈平成20年〉、横浜で開催された第4回アフリカ開発会議(TICAD)で、総理夫人として主催したワーキングランチでのスピーチが、その活動のきっかけになったといいます。

その後、中国をはじめとする海外で、母子健康手帳の普及に向けた活動を続けました。

政治家の妻として公務を支えるだけでなく、子育ての経験を社会に役立てる活動にも取り組んでいたのです。

◆長男・福田達夫

福田康夫さんの長男は、政治家の福田達夫(ふくだ・たつお)さんです。

1967年〈昭和42年〉3月5日生まれ。

慶應義塾大学法学部を卒業後、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係学研究所に留学しました。

帰国後は三菱商事株式会社に入社し、商社勤務を経験します。

その後、父の秘書を務め、2007年〈平成19年〉には内閣総理大臣政務担当秘書官に就任しました。

父が首相として国政を担う時期に、息子もその仕事を支えていたのです。

2012年〈平成24年〉12月、康夫さんが衆議院議員選挙への出馬を見送って政界を引退すると、達夫さんは群馬4区から立候補し、初当選を果たしました。

祖父・赳夫さん、父・康夫さんに続き、達夫さんも国政の舞台へ。

三代にわたって政治の道を歩む福田家の歴史は、こうして受け継がれていきました。

◆エピローグ

福田康夫さんの家族を語るうえで、妻・貴代子さんの母子健康手帳の普及活動は、印象に残るエピソードです。

家庭で子供を育てた経験が、国境を越えて母親や子供たちを支える活動へと広がっていったのです。

一方、康夫さんは父・赳夫さんの秘書として政治の世界に入り、やがて自ら首相を務めました。

そして、その長男・達夫さんも政治家となっています。

家族それぞれの歩みは同じではありません。

けれども、政治の仕事を受け継ぐこと、子育ての経験を社会に役立てること――

福田家の歴史には、それぞれの立場から次の世代や社会へ何かをつないでいく姿がありました。

家族から受け取ったものを、自分なりの形で次へ渡していく。

それもまた、福田康夫さんの人生を取り巻く家族の物語なのです。

◇脚注・出典

  1. 群馬県公式ホームページ「〖名誉県民〗福田 康夫」
  2. 衆議院公式サイト「福田達夫君」
  3. 福田達夫公式サイト「プロフィール」
  4. nippon.com 2014年6月27日「『母子手帳が紡ぐ日中夫人外交』―福田貴代子氏(元総理夫人)インタビュー」
  5. 日刊スポーツ 2026年10月26日「福田康夫さん死去 元首相、史上初の親子宰相 日中関係強化に尽力 公文書管理法制定に貢献」
  6. 閨閥学「福田家(福田赳夫・福田康夫・福田達夫の家系図)」

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