富川悠太の『家族』~お嫁さんと子供の名前や画像…いとこは難病のALS

スポンサーリンク

報道ステーションのキャスターをつとめる、テレビ朝日の富川悠太アナウンサー。

今回は、そんな富川アナのお嫁さんや子供、いとこにスポットを当て、ご紹介します。

【本人プロフィール】
名前:富川悠太(とみかわ・ゆうた)
生年月日:1976年9月3日
年齢:43歳 ※2020年5月現在
血液型:A型
最終学歴:横浜国立大学教育学部

◆お嫁さんのエピソード

富川悠太アナウンサーは、入社7年目の2006年11月に、一般人の女性と結婚しています。

結婚から約2年2ヶ月前に知り合い、1年半ほどの遠距離恋愛を実らせてのゴールインでした。

お嫁さんの実家は広島県のようなので、広島と東京との遠距離恋愛だったのかもしれませんね。

2009年に家族旅行で、奈良県の東大寺を訪れた時のこと。

大仏様の鼻の穴と同じ大きさと言われる、大仏殿の柱の穴を通ると、ご利益があると言われています。

穴の大きさは、高さ30cm、幅37cm、長さ120cmなので、通常は、子供が遊び感覚で通り抜けています。

しかし、なぜかお嫁さんも必死にくぐり抜け、周囲の人に

大人でもくぐれますよ!

とはしゃいでいたそうです。

お嫁さんは無邪気であるとともに、スリムな方でもあるようですね(#^^#)

◆子供の名前と画像

①子供の名前と画像

富川悠太アナウンサーは、2人の子宝に恵まれています。

長男の名前は立夢(りずむ)くん。

結婚した翌年の、2007年10月23日に生まれているので、今年(2020年)で13歳になります。

10月23日に生まれたのは、1023(いいお兄さん)になる運命だったのかもしれません。

2011年5月28日、4歳年下になる弟・奏(かなで)くんが誕生したためです。

それではここで、2人の息子さんの画像をご紹介します。

160109_富川悠太の家族

2人の名前には、

リズムを奏でるように…

という願いが込められているのでしょう。

富川アナもお嫁さんも、音楽が好きなのでしょうね。

②子供との生活

キャスターを務める「報道ステーション」を終えて、帰宅するのは早くても深夜1時や2時。

富川アナが帰ったときには、2人はもう寝ていますが、帰宅したら、まず子供の寝顔を見るようにしています。

布団をかけ直して、ほっぺにチュッとしたり、頭をなでて「大好きだよ」って耳元でささやいたりしているそうです。

富川アナにとって、子供たちの寝顔を見るのが、成長を確認する時間なのです。

土日で休みのときは、子供たちが好きなラーメンを作ったり、バドミントンをして遊んだりします。

平日に会えない分、できるだけ一緒に楽しむ時間をつくるようにしています。

◆いとこは難病のALS

富川悠太アナウンサーには従姉(いとこ)がいて、名前は富川睦美さん。

睦美さんはいつも笑顔で、周りからは「むっちゃん」と呼ばれ愛されていました。

富川アナより8歳年上の睦美さんは、富川アナが赤ちゃんの頃から可愛がってくれていたそうです。

そんな睦美さんは、40歳という若さで、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症しました。

ALSとは、重篤な筋肉の萎縮や筋力の低下をきたす神経変性疾患で、治療法はなく、平均的な寿命は発症後約3年と言われています。

最初は足がつったような感じから、その後左足が不自由になり、右足、左手、右手と次々と動かなくなっていきました。

自分の命に限りがあることを知った睦美さんが「生きる意味」として捉えたのは、テレビを通じて世の中に、

ALSを知ってもらう…

ということ。

その思いは、「笑顔の約束~難病ALSを生きる~」というドキュメンタリー番組となり、2014年12月にテレビ朝日で放送されました。

この番組は、日本民間放送連盟賞のテレビ教養部門で優秀賞を受賞しています。

◆実家は名古屋

富川悠太アナウンサーは、名古屋市名東区の生まれ。

小学校1年生の時に『ちびっこカラオケのど自慢』に出場し、最年少で優勝した経験があります。

その成功体験のためか、現在も趣味はカラオケです。

また、子供の頃はプロ野球選手に憧れ、高校時代は野球部に所属しています。

高校は、東京都立国立高等学校を卒業しているので、この頃、家族は東京に住んでいたのでしょうね。

野球部では副主将をつとめ、ポジションはショート。

当時はいわゆる「牛乳瓶の瓶底」のような黒縁眼鏡をかけていたそうです。

大学は、横浜国立大学教育学部に進学しますが、大学でも体育を専攻し、小学校の教員免許を取得しました。

大学生時代には、母校・国立高野球部の助監督も務めています。

◆父親はトヨタ勤務?

①父親はトヨタ勤務?

富川悠太アナウンサーの父親は、自動車メーカーに勤めていました。

名古屋出身で自動車メーカーといえば、トヨタ自動車で間違いないでしょう。

父親は仕事が忙しく、ほとんど家にいませんでしたが、休みの日は全力で触れ合ってくれました。

富川アナが高校まで野球をしていたのも、父親とよくキャッチボールをしたのがきっかけでした。

父親に勉強のことなどできつく言われたことはありませんが、唯一、中学2年のとき、1日14時間勉強する塾の合宿に行かされました。

渋々行ったのですが、おかげで成績がぐっと伸びて、偏差値74をほこる国立高校に合格しています。

国立高校は文武両道で通っていますが、

せっかく野球を続けてきたんだから、やめずに両立できる高校へ

という父の思いもあったのでしょう。

②父親の手紙

富川アナが大学進学するとき、父親は経済学部や商学部を薦めました。

自分と同じ仕事に就いてほしい…

という希望があったということなので、トヨタ自動車に入ってもらいたかったのでしょう。

しかし富川アナは決められた人生が嫌でした。

自分なりに真剣に考えて、好きなスポーツに携われるアナウンサーを目指そうと考えました。

富川アナの20歳の誕生日のときに、海外赴任中だった父親に手紙をもらいます。

そこには、

これからは自分で歩んで行くんだぞ

と書かれていました。

そうして、富川アナが選んだ道を応援してくれ、アナウンサーで入社が決まったときは誰よりも喜んでくれました。

富川アナは、

ここぞというときには父親が導いてくれたんだな

と思っています。

最近も母親とともに、

周りの人から(富川アナを)応援してもらったよ

という連絡がきます。

今も昔も、同じ気持ちで息子のことを応援してくれているのです。

◆まとめ

いとこを取り上げた「笑顔の約束~難病ALSを生きる~」は大きな反響を呼び、多くの方から励ましのメッセージが届きました。

反響を聞いた睦美さんは、顔をくしゃくしゃにして「よかったぁ~」と笑顔を見せています。

2014年8月21日、睦美さんは46歳という若さで亡くなりました。

人工呼吸器で生きながらえるという選択もありましたが、自らの意志でこれを拒否しています。

理由は

笑顔でいられなくなってしまう…

ということ。

睦美さんの勇気ある姿は、病気で苦しむ沢山の人々に、笑顔をもたらしてくれることでしょう。

◇編集後記

富川悠太アナウンサーが愛用する腕時計を探してみました。

これは、イタリアI.T.A製のガリアルド ヴェローチェですね。

富川アナは、他にもI.T.Aのオペラなどを愛用しています。

なんとなく国内メーカーの堅いイメージがありましたが、けっこうお洒落なんですね(^_-)

コメント

タイトルとURLをコピーしました