丸佳浩の『家族』~花嫁は同級生!3人目の子供は?父よ母よ、妹よ…

広島東洋カープの不動の3番打者、丸佳浩(まる・よしひろ)選手。

今回は、そんな丸選手を取り巻く『家族』にスポットを当て、ご紹介します。

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◆花嫁は同級生!

丸佳浩選手は、2012年3月30日に結婚しています。

お嫁さんの名前は、岩政里佳さん。

年齢は、丸選手と同い年になります。

2人のなれそめは、同じ学校の同級生であること。

なんと、中学1年生から交際してきたということで、10年愛を実らせてのゴールインとなりました(*゚▽゚ノノ゙☆

◆2人目と3人目の子供は?

丸佳浩選手には、3人の子供がいます。

1人目の子供は、2012年9月22日生まれの男の子で、名前は耀太くん。

2人目と3人目の子供は詳細が不明となっています。

◆実家は理髪店

丸佳浩選手は、太平洋に面した漁師町である千葉県勝浦市の出身。

実家は理髪店「カットサロンまる」を経営しています。

両親は、

元気に育ってくれれば

とだけ願いましたが、丸少年の予想を上回るヤンチャぶりに驚かされました。

おっぱいをよく飲み、よく寝る赤ちゃんだったという丸選手。

2歳で盛りそばを1枚、どんぶり1杯のご飯をぺろりと平らげる大食漢になります。

保育園に入ると、思い切り走れる広い園庭に

保育園、最高!

と喜び、毎日楽しんで通いました。

ただ、周りの友達とは体格差があり、本人は仲良く手をつないで走っているつもりでも

引きずり回しているんじゃないか

と疑われるほど…。

お母さんは、

同級生とはけんかしちゃいけない

と言い聞かせていたと言います。

祖父と釣りに行って、自転車ごと海に落ちたこともありました。

祖父に助けられて無事に帰宅すると、

死ぬかと思った(^O^)

とあっけらかん。

両親は、開いた口がふさがらなかったそうです。

◆父親の名前は?

丸佳浩選手の父親の名前は、丸父浩二さん。

年齢は、今年(2017年)で54歳になります。

ヤンチャな丸少年に、父・浩二さんが言い聞かせたのは、

「ウソをつくな」「弱い者いじめするな」「時間を守れ」。

の3つ。

人に迷惑をかけなければ、好きなだけ遊べばいい。

という両親のもと、丸少年はすくすくと成長していきました。

野球に出合ったのは小学校3年のころ。

実は、父・浩二さんも高校野球経験者であり、運動神経抜群の長男に、

野球に親しんでほしい

という気持ちがありました。

ゲームしたいから嫌だ(+_+)

と渋った丸選手でしたが、友人に誘われ、次第にのめり込んでいきます。

勝浦市立勝浦中学校でも、軟式野球部で投手兼遊撃手として活躍しました。

中学2年のころ、父・浩二さんの知人に誘われ、千葉経済大付属高校野球部の松本吉啓監督が練習試合を見学に訪れます。

肩が強く、足も速い。身体能力が高い…

すぐに丸選手の能力に目を留めた松本監督の誘いに

俺、千葉経大(付属高)に行く!

と、丸選手は父・浩二さんに告げたと言います。

◆父と甲子園

高校から初めて硬式野球に取り組んだ丸佳浩選手は、最初はゴロも捕れず、中学時代の守備位置ショートは「クビ」に…。

珍しく弱音を吐く息子に、父は一言、

練習すればいいだけだ

と返しました。

父の言葉の通り、ひたすら練習に打ち込んだ丸選手。

父・浩二さんが届け物をするために寮を訪れると、夜10時ごろにコーチのノックで練習する息子を目にしたこともあるそうです。

努力が実り、すぐに頭角を現した丸選手は、2年生の千葉県大会で活躍し、甲子園への切符をもぎ取ります。

父・浩二さんは、甲子園の電光掲示板に輝いた「丸」の字を見たときの感慨が忘れられません。

自身も目指した夢の舞台に立つ息子を、

うらやましい…

とすら感じたのだそうです。

◆母親の年齢は?

丸佳浩選手の母親の名前は、利栄(としえ)さん。

年齢は、今年(2017年)で51歳になります。

大柄で食欲旺盛だった丸少年ですが、意外にも食べ物の好き嫌いが多く、野菜も苦手だったのだとか。

母・利栄さんが思案の末、考えついたのが「いわしのつみれ汁」でした。

いわしは中骨だけ取って、すり鉢ですりつぶし“つみれ”にします。

大根の出汁がしみこんで、野菜嫌いの丸少年も喜んで食べたそうです。

まさにプロ野球選手・丸佳浩を作った母の一品ですね(^_-)

◆2人の妹

丸佳浩選手に初めての妹が生まれたのは、丸選手が2歳のころ。

俺にそっくりだ

と、生まれたての赤ちゃんを不思議そうに見つめていたそうです。

すぐに見よう見まねでミルクを作り、泣いてはあやしと、「頼れるお兄ちゃん」ぶりを発揮した丸選手。

小学校1年のころ、両親が法事で

妹を頼むね

と、留守を任されたことがあります。

この時、丸少年はミルクを作り、乳児だった末の妹をベビーカーに乗せ、保育園児の妹の手を引き、公園に遊びに行っていたそうです。

遊びに行きたいけど妹もいる。どうしたらいいか

ということを、子供なりに考えたのでしょう。

妹たちが散らかしたおもちゃや服を片付けるのも、丸選手の日課。

妹に対する優しさだけではなく、

部屋でゲームを気持ちよくやりたい、それなら自分が片付けよう

と、目的達成のため、合理的に考えるお兄ちゃんなのでした。

◆まとめ

2007年の高校生ドラフト3巡目で、広島入団が決まった丸佳浩選手。

下積みの間、両親はほとんど息子の様子を伺うことはありませんでした。

そして入団3年目の2010年9月、丸選手から

(1軍に)呼ばれたから

と連絡を受けます。

東京ドームのチケットは取れませんでしたが、居ても立ってもいられず、

とりあえず行こう…!

と両親は球場に足を運び、何とか立ち見席に入りました。

代打で登場した息子の姿に、母・利栄さんは涙を流したと言います。

これからも温かい家族の応援を胸に、丸選手の挑戦は続いていきます(^o^)丿

◇編集後記

丸佳浩選手は、ファイテンのカープモデルネックレスを愛用しています。

ファイテン RAKUWAネックX50 Vタイプ 広島東洋カープモデル   【メール便送料無料】カープファン必見!2017年モデルRAKUWAネックレス

カープレッドのネックレス…なかなかカッコいいですね(^^)v

《カープの家族!》

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