「泣きむし愛ちゃん」こと、卓球の福原愛さん。

実は試合で泣いたのは4歳の時だけです!
今回は、そんな愛ちゃんを育み、支えてくれる『家族』にスポットを当て、ご紹介します。
生年月日:1988年〈昭和63年〉11月1日
身 長:155cm
血液型 :B型
出身地 :宮城県仙台市
◆家系図・家族構成

福原愛さんの実家の家族構成は、父親、母親、兄、本人の4人家族です。
自身は2016年に結婚した台湾人男性との間に、1男1女をもうけましたが離婚。
その後、2025年に一般男性と再婚し、第3子が生まれています。
◆生い立ち
福原愛さんが卓球を始めたのは、3歳9か月の時でした。
きっかけは、10歳年上の兄・秀行さんが卓球をしていたこと。
JOCのプロフィールにも、

兄が中学校の部活で卓球をやっていたから、自分もやりたくてやらせてもらった
という趣旨の記録が残っています。
小さな女の子が握った一本のラケット。
そこから愛さんの人生は、卓球とともに歩み始めます。
4歳のころから全国的に注目され、「泣き虫愛ちゃん」の愛称で親しまれるようになりました。
やがて11歳でナショナルチーム入り。
14歳で世界選手権代表となり、2004年〈平成16年〉には15歳でアテネ五輪に出場します。
その後、北京、ロンドン、リオデジャネイロと4大会連続でオリンピックに出場。
幼いころに握ったラケットは、いつしか日本を代表する選手の象徴になっていました。
◆父親・福原武彦さん
福原愛さんの父親は、福原武彦さんです。
武彦さんは愛さんが幼いころからマネジメントを担当し、娘の卓球活動を支えました。
しかし、父娘の関係はいつまでも順風満帆だったわけではありません。
2008年〈平成20年〉ごろには関係が悪化し、同年末を最後に、2人は会わない状態になりました。
2013年〈平成25年〉10月6日、武彦さんは膵臓がんのため71歳で亡くなります。
当時、中国で訃報を知った愛さんは、

父とは2008年末を最後に会っておらず、電話やメールのやり取りもなくなっていた
と明かしました。
それでも、父への感謝は消えていませんでした。
愛さんは、

父がいなければ、私は生まれてくることもなかった
と、父が自分の人生に与えた影響について語っています。
親子の間には、言葉では埋められない時間がありました。
それでも愛さんの人生を振り返ったとき、父・武彦さんが残したものは決して小さくなかったのです。
◆母親・福原千代さん
福原愛さんの母親は、福原千代さんです。
千代さんは卓球経験者で、3歳から卓球を始めた愛さんを長年にわたって指導しました。
幼い愛さんにとって、母親は母であると同時に、卓球のコーチでもありました。
練習は厳しく、愛さんは幼いころから卓球に打ち込みます。
「泣き虫愛ちゃん」
と呼ばれた姿の一方で、母・千代さんは娘を一人前の卓球選手として育てようとしていました。
その関係について、後に愛さん自身が興味深いことを語っています。
2021年〈令和3年〉、子供に卓球を教えるかと聞かれた愛さんは、

自分は母から卓球を教わったため、親子でありながら「コーチと選手」の関係になっていた
と振り返りました。
だからこそ、自分の子供には、

100%甘えられる存在でいたい
という思いがあり、自分では卓球を教えないつもりだと話しています。
厳しかった母の指導。
その記憶があったからこそ、愛さんは自分が母になったとき、子供との関係を別の形で築こうと考えたのでしょう。
一方、現役時代の千代さんは、卓球だけでなく食事の面からも娘を支えました。
愛さんが2021年に設立した会社「omusubi」の名前には、母が作ってくれたおむすびへの思いも込められています。
愛さんは、母のおむすびを「現役時代の補食の定番」と振り返り、これまで支えてくれた人との「結び」を大切にしたいという思いを会社名に込めました。
母が握った一つのおむすび。
それは、世界の舞台で戦う娘にとって、遠征先でも思い出せる「家の味」だったのかもしれません。
◆兄・福原秀行さん
福原愛さんには、10歳年上の兄・福原秀行さんがいます。
愛さんが卓球を始めたきっかけの一つが、この兄の存在でした。
兄が中学校で卓球を始めたことで、愛さんも、

私も卓球がやりたい
と卓球の世界へ入っていきます。
後に兄の秀行さんは、愛さんのマネジメントにも携わりました。
2021年には、台湾から帰国した母・千代さんを羽田空港で兄が迎える姿も報じられています。
父との関係が途切れた後も、母と兄は愛さんの家族として残り続けました。
一番近くにいた兄の背中を追いかけるようにして始めた卓球が、やがて愛さんの人生そのものになったのです。
◆江宏傑さんとの結婚と2人の子供
福原愛さんは、2016年〈平成28年〉9月、卓球選手の江宏傑(こう・こうけつ)さんと結婚しました。
2人の間には、2017年〈平成29年〉10月に長女、2019年〈平成31年〉4月に長男が誕生しています。
そして愛さんは、2018年〈平成30年〉に現役を引退。
母になった後は、競技者としてではなく、子供たちの成長を見守る人生へと歩みを進めました。
◆離婚、そして子供たちをめぐる和解
2016年に結婚した福原愛さんと江さんは、2021年〈令和3年〉に離婚を発表しました。
離婚後、2人の子供については共同親権となりましたが、2022年〈令和4年〉には長男をめぐって親権問題が表面化。
長期にわたる対立となりました。
そして2024年〈令和6年〉3月、愛さんと江さんは和解。
愛さんは会見で、

これからは江さんと協力をして、子供を育てていきたい
と話しました。
親子にとって長い時間でした。
しかし、家族をめぐる問題に一つの区切りがついたことで、愛さんは新しい人生へ進むことになります。
◆再婚した夫との間に第3子
福原愛さんは2025年に一般男性と再婚。
2026年〈令和8年〉には、第3子を出産しました。
2026年4月17日、愛さんは自身の公式サイトで、

無事に出産いたしました
と報告。
母子ともに健康であることを明かしました。
夫は年下の知人男性で、愛さんにとって再婚、夫にとっても再婚と報じられています。
家族の形が変わった今も、愛さんはイベント出演を行うなど、卓球やスポーツを通じた活動を続けています。
◆エピローグ
1988年〈昭和63年〉11月1日——。
福原愛さんは生まれました。
その1年前に亡くなった祖母・愛子さんから、愛さんの名前は受け継がれています。
まだ本人がこの世に生まれる前から、家族の中には「愛」という名前が残されていたのです。
そして2017年には愛さん自身が母となり、長女は「あいら」ちゃんと名付けられました。
祖母の「愛子」からもらった「愛」。
「泣き虫愛ちゃん」と呼ばれた福原愛。
そして、その娘「あいら」。
「あい」という音を通して、家族の線が繋がっているように見えるのは偶然ではないでしょう。
福原愛さんの家族の系譜は、「愛」が世代を越えて受け継がれていく物語なのかもしれません。
◇出典
- 日本オリンピック委員会(JOC)「福原 愛」プロフィール・オリンピック記録
- 福原愛オフィシャルサイト「PROFILE」「NEWS」
- スポニチアネックス「福原愛さん 出産を報告 夫は年下の知人男性で共に再婚」
- スポニチアネックス「福原愛さん、長男の親権トラブル『和解しました』生報告」
- スポニチアネックス「福原愛さん 自分の子どもに卓球を『教えたくない』ワケ」
- スポニチアネックス「福原愛さん『株式会社omusubi』設立」
- デイリースポーツ「愛ちゃんの父死去、近年は絶縁状態に」
- ORICON NEWS「卓球・福原愛選手が第1子女児出産を報告」
- ORICON NEWS「出産の福原愛が退院報告 娘は“あいら”ちゃんと紹介」
◇編集後記
福原愛さんが愛用する腕時計を見つけました。
ガガミラノのマヌアーレ48㎜ですね。
ガガミラノマヌアーレ48MMユニセックス5011.02S [輸入輸入品]
懐中時計からヒントを得たというデザインはユニークで、すべて手巻き式というのも味があります。
男女兼用サイズなので、大切な人と一緒に使えますね(^_-)






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