安倍晋三の『家族』~家系図を受け継ぐ三兄弟、美しい国を子供たちへ

歴代最長の長期政権を伺う、安倍晋三(あべ・しんぞう)内閣総理大臣。

今回は、安倍総理を取り巻く、華麗なる『家族』の家系図をご紹介いたします。

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◆実家・安倍家のルーツ

安倍晋三総理の地元は山口県。

実家の安倍家は山口県長門市(旧・日置村)にあり、江戸時代には酒や醤油の醸造を営んだ大庄屋として知られていました。

そして、祖父の安倍寛氏が、日置村村長・山口県議会議員などを経て、衆議院議員を務めたことから、安倍家は政治一族となります。

さらに安倍家のルーツをさかのぼると、平安時代後期に活躍した奥州(岩手県)の安倍宗任(あべのむねとう)にまで行き着くのだとか。

ちなみに安倍総理は、生まれも育ちも東京であり、小学校から大学まで一貫して「成蹊」を卒業しています。

◆父親は総理の座を目前に…

安倍晋三総理の父親の名前は、安倍晋太郎(あべ・しんたろう)さん。

1924年4月29日に東京で生まれますが、生後80日で両親が離婚したため、実母とは生き別れとなっています。

幼少期は地元の山口県で過ごし、高校は岡山の第六高等学校へ進学。

この頃から、

おれも東大に進んで新聞記者から政治家になり、親父(安倍寛氏)の跡を継ぐ

と周囲に話していたそうです。

大学は公言通り、東京帝国大学へ進学。

海軍を経て東京大学を卒業した後は、これまた公言通り、毎日新聞の記者として活躍しました。

父・晋太郎さんは、1951年5月に、岸信介氏の長女と結婚しました。

東条内閣の商工大臣だった岸氏は、終戦直後にA級戦犯容疑者として逮捕され、不起訴となった当時も公職追放中の身でした。

やがて政界に返り咲いた岸信介氏が副総理・外相に就任すると、かねて政界入りのチャンスをうかがっていた晋太郎さんは毎日新聞社を退職。

岸氏の外相秘書官に転じ、岸氏が首相の座をつかむと、首相秘書官に就任しました。

やがて訪れた衆院選に、晋太郎さんは地元・山口一区からの出馬を決意します。

しかし、地元とはいえ政治家の実父は大学時代に亡くなっており、すでに地盤がなくなっている状態。

岸首相は反対しますが、晋太郎さんは、

たとえ無所属でも出馬する。総裁(岸)に迷惑がかかるなら、(夫人と)離婚してでも出馬する

と譲らなかったそうです。

結局、「岸総理の娘」である夫人の人気もあり、晋太郎さんは初出馬で初当選。

これで、六高時代の公言(東大・新聞記者・政治家)はすべて果たしたことになりました。

政治家となった後は、岸派とそれを継承した福田派に所属し、田中派との党内抗争「角福戦争」を争いました。

竹下内閣では幹事長を務め、「ポスト竹下」の最有力候補と目されましたが、総理の座を目前に病に襲われます。

当時秘書の晋三さん(安倍総理)に、すい臓がんであることを告知されると、

そうか、やっぱりな…

と、淡々と自分の運命を受け入れました。

1991年5月に逝去。

1993年の衆院選で、安倍総理は父の地盤と遺志を受け継いで出馬し、初当選を果たしています。

◆母・洋子さん

安倍晋三総理の母親の名前は、安倍洋子さん。

1928年6月11日生まれなので、今年で89歳になります。

前述のとおり、母・洋子さんは岸信介元首相の長女。

東京生まれの洋子さんは、1945年に白百合高等女学校を卒業した後、岸家の実家がある山口県田布施町へ疎開し、山口銀行の田布施支店に勤務しています。

かねて、

娘は新聞記者に嫁にやる

と公言する岸元首相の言葉どおり、当時新聞記者だった晋太郎さんと見合いをして結婚。

三人の子宝に恵まれました。

その後は、夫と子供の選挙にかかわり続けた母・洋子さん。

安倍総理が駆け出しのころは、

あなた、早口過ぎて、お年寄りの方には聞き取れないわよ。それにあんまりキョロキョロしないように

と、注意したこともありました。

ちなみに、母方の祖父・岸信介元首相は「岸」家に養子入りしており、元々の名前は「佐藤」。

実弟は、こちらも総理大臣経験者の佐藤栄作氏ですが、岸信介・佐藤栄作兄弟の先祖は、源義経の郎党・佐藤忠信と言われています。

安倍家の先祖・安倍宗任は「前九年の役」にて源氏に破れていることを考えると、歴史の皮肉を感じずにはいられません。

◆兄は三菱商事

安倍晋三総理にはお兄さんがいて、名前は安倍寛信(あべ・ひろのぶ)さん。

1952年5月30日生まれで、今年で65歳なので、安倍総理より2歳年上になります。

兄・寛信さんは、安倍総理と同じく成蹊大学を卒業し、三菱商事に入社。

中国支社長などを歴任し、現在は三菱商事パッケージングの社長を務めています。

奥さんは、ウシオ電機会長・牛尾治朗の娘さんで、名前は幸子さん。

長男の寛人さんは、慶應義塾大学法学部の出身で、安倍総理の政治的な後継者と目されています。

◆弟は岸信夫、名字が異なる理由…

安倍晋三総理には弟もいて、名前は岸信夫(きし・のぶお)さん。

1959年4月1日生まれで、今年で58歳なので、安倍総理より5歳年下になります。

実は、弟の信夫さんは生後間もなく「岸」家に養子に出されたため、安倍総理とは名字が異なります。

安倍総理と兄弟であることも知らずに育ち、慶應義塾大学進学時に戸籍を見て、自身が養子であることを知りました。

何で教えてくれなかったんだ…

とショックで、一ヶ月くらいは頭のなかが混乱していたそうです。

大学を卒業後は住友商事に入社し、2002年に退社。

2004年7月の参院選に出馬して当選し、以降、政治の道を歩み続けています。

◆昭恵夫人の実家は森永製菓

安倍晋三総理の夫人の名前は、安倍昭恵(あべ・あきえ)さん。

1962年6月10日生まれで、今年で55歳なので、安倍総理より8歳年下になります。

実は、昭恵夫人の実家は、製菓メーカーの森永製菓。

曽祖父にあたる森永太一郎氏が森永製菓を創業し、実父の松崎昭雄氏は、森永製菓第5代の社長を務めています。

2人のなれそめは、安倍総理の友人の紹介。

良い人がいる。会ってみないか

と言われ、原宿のパブで待ち合わせましたが、昭恵夫人は30分遅刻してきたため、最初はとても気まずい雰囲気だったそうです(^_^;)

しかし、話が合った2人はそれから一緒に食事をしたりゴルフに出かけたりするようになり、3年後の1987年6月に結婚式を挙げました。

ちなみに、前月の5月には兄・寛信さんも挙式しており、安倍家にとってめでたい年となりましたが、関係者は大変だったでしょう(^_^;)

《昭恵さんから見た家族の姿》

安倍昭恵の『家族』~実家・森永製菓と政界を繋ぐ華麗なる家系図

◆子供はいないことについて

実は、安倍晋三総理と昭恵夫人との間には、子供がいません。

結婚当初は

子供は自然にできるだろう

と、のんびり構えていましたが、コウノトリは安倍夫妻の前には現れませんでした。

不妊治療に苦しみ、選挙区の後援者らからは、

「嫁として失格だ」「ワシが教えにいっちゃる」

などと責められたこともあったそうです。

今では、昭恵さんは色んなことに整理がついて、

自分の人生はこれでもよかった…

と、思えるようになったそうです。

◆まとめ

昭恵夫人は、現在ではミャンマーでの寺子屋づくりや、バングラデシュでの女子大設立を支援する活動を行っています。

昭恵夫人が目指すものは、

困難な状況にいる子供にとって生きていく希望になる

ということ。

安倍夫妻が目指す「美しい国」とは、世界中の子供たちに向けられているのかもしれません*:.。. .。.:*・゚゚

◇編集後記

安倍晋三首相が愛用する腕時計はこちら。

【ポーチ付き♪】SBXB055 セイコー アストロン GPSソーラー 8Xシリーズ デュアルタイム SEIKO ASTRON 腕時計 ブラック×ピンクゴールド

6時の位置に第2時間帯を表示できるのは、世界を飛び回る安倍総理には便利な機能だと思います。

日本の代表者が愛用する時計は、やはりメイド・イン・ジャパンなのでした(^_-)

《党首たちの横顔…》

《自民党議員の家族》

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