斎藤佑樹の『家族』~父親の仕事は?母親の書籍!兄はミズノへ?

北海道日本ハムファイターズに所属する、「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹(さいとうゆうき)投手。

今回は、そんな斎藤投手を育み、支えてくれた『家族』にスポットを当て、ご紹介します。

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◆実家は群馬

斎藤佑樹投手の実家は、群馬県太田市(合併前は群馬県新田町)。

新田町立生品小学校に入学すると、地元学童野球チーム「生品チャンピオンズ」に入団し、キャプテンも務めています。

新田町立生品中学校では軟式野球部に所属し、群馬県大会で準優勝、関東大会ではベスト8まで進みました。

2002年夏の甲子園大会、中学生の斎藤投手は、群馬代表・桐生市立商業高校の応援のために阪神甲子園球場へ赴きます。

これが甲子園に憧れを持つきっかけになり、

野球も勉強もトップレベルの高校で文武両道を目指す!

との希望のもと、早稲田実業学校高等部へ進学しました。

◆父親の仕事は?

斎藤佑樹投手のお父さんの名前は、斎藤寿孝(としたか)さん。

年齢は、今年で67歳になります。

父・寿孝さんは、かつて前橋工業高校や富士重工業の硬式野球部に所属していました。

ということは、お父さんの仕事は、富士重工勤務ですね。

ちなみに、富士重工の野球部は、斎藤投手の実家と同じ群馬県太田市にあります。

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しかし、斎藤投手のプロ入りと前後してお父さんは会社を退職し、斎藤投手の個人会社を取り仕切ることとなりました。

斎藤投手は、イチロー選手も所属するスポーツマネジメント会社とも契約し、グラウンド外での活動もあります。

信頼できるマネジメント役が必要だったのでしょう。

◆母親の書籍とは?

斎藤佑樹投手のお母さんの名前は、斎藤しづ子さん。

年齢は54歳なので、お父さんより13歳年下です!(^^)!

一番身近で斎藤投手を支えてきた母・しづ子さんは、さまざまなエピソードを2冊の書籍で紹介しています。(※画像はAmazonへリンクします)

「佑樹~家族がつづった物語」

これは、お父さんとの共著で、息子の誕生から甲子園での活躍までを振り返りつつ、斎藤家の子育てを語る書籍です。

「はばたけ、佑樹」

こちらは、前作の続編的性格で、斎藤投手の素顔と早稲田大学時代をメインに、母・しづ子さんが思いのたけをつづります。

◆兄はミズノへ入社?

斎藤佑樹投手にはお兄さんがいて、名前は斎藤聡仁(あきひと)さん。

1985年7月26日生まれで、現在31歳なので、斎藤投手より3歳年上になります。

兄・聡仁さんも野球人であり、幼いころは漫画『MAJOR』を弟とともに愛読していました。

高校では、群馬県立桐生高校の野球部に所属し、一番・二塁手として活躍。

最後の夏は、準々決勝で涙をのみました。

そして、大学受験でも涙をのんだお兄さん。

同じ年、斎藤投手は早実の推薦入試に合格しています。

兄は予備校に通うため、弟は野球に打ち込むため、2人は国分寺市の早実の近くに2LDKの部屋を借りました。

お兄さんは、炊事、洗濯で弟の世話を始めます。

朝6時に起き、フライパンの上でソーセージを転がし、おにぎりはプラスチックの三角形の型でこしらえました。

甲子園に行けなかった自分の夢の分まで、弟にはかなえてほしかった…

斎藤投手の甲子園での活躍は、兄・聡仁さんのおかげなのでした。

早稲田大学を目指したお兄さんでしたが、2年間の浪人生活を経て、日本大学商学部に進学しています。

六大学以外での野球を考えられなかったお兄さんは、お父さんに相談の上、社会人チーム「熊球(ゆうきゅう)クラブ」でプレー。

大学卒業後、お兄さんは、スポーツメーカーの「ミズノ」に就職しているそうです。

◆まとめ

田畑に囲まれた、群馬県太田市の実家。

幼い斎藤兄弟は、裏の畑で2人で遠投をし、近くの寺の広場で、ティーバッティングをしました。

そこには兄弟の野球の思い出が、いっぱいに詰まっています。

プロ野球やメジャーのマウンドに立ってほしい…

弟の活躍を願う兄・聡仁さんのため、斎藤佑樹投手の挑戦は、これからも続いていきます!

《斎藤投手の他の記事はこちら!》

《日ハムの家族!》

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