羽生結弦の『家族』~姉の画像!父の職業?母のV料理とは?

日本フィギュア界のプリンス、羽生結弦(はにゅう・ゆずる)選手。

今回は、そんな羽生選手を育んだ『家族』にスポットを当てご紹介します。

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◆姉の画像!

羽生結弦選手のお姉さんの名前は、「さや」さんだと言われています。

4歳年上のお姉さんもスケートの選手であり、羽生選手がスケートを始めたのも、お姉さんがきっかけ。

しかし、最初はスケートにはあまり興味がなく、どちらかといえば野球など男の子がやるスポーツの方に興味がありました。

5分も滑ると飽きていた少年が、スケートにのめり込むようになったのもお姉さんの影響です。 

姉ちゃんが飛べるなら自分も飛ぶ!

姉ちゃんができる技なら自分にもできる!

お姉さんが一生懸命練習する姿を見て、だんだん興味が高まり、お姉さんを目標にして頑張り始めたのでした。

羽生選手が小学校中学年のころ、その競技人生に危機が訪れます。

家の経済的な理由により、姉弟2人にずっとフィギュアスケートを続けさせることは出来なかったのです。

スケートではお姉さんより後発であり、男の子だから進学のことも、両親は考えたでしょう。

羽生選手がスケートをやめる、という話が持ち上がります。

しかし、お姉さんが

結弦が辞めるくらいなら、自分が辞める!

と強く主張し、結局、羽生選手はスケートを続けることになります。

その後、お姉さんも高校まではフィギュアを続けましたが、それは自分が選手として世界を目指すためではなく、弟にとってベストな環境を作るためでした。

それではここで、お姉さんの画像をご紹介します!

151031_羽生結弦の家族

昔の写真しかありませんが、表情がそっくりですね。

2人は性格もよく似ているそうで、それだけにケンカもしょっちゅうしていました。

一番身近な、良いライバル関係なのでした(^^)v

◆父親の職業は?

羽生結弦選手のお父さんの名前は、羽生秀利さん。

息子とは違ってやや小太りの体型だそうですが、物腰が柔らかく色白なところはよく似ています。

お父さんは、宮城県石巻市にある中学校の教頭先生を務めています。

勤務する中学校は、石巻漁港から約1kmの場所にあったため、震災の津波では校舎の1階部分が水没。

生徒3人が亡くなるという悲劇を生みました。

震災後は、近くの小学校の校庭にプレハブの仮校舎を建てて、間借りしながら授業を続けました。

生徒はみんな被災しており、避難所生活で大変な生徒を何人も預かっており、そもそも羽生さんの家も全壊しています。

そんな中で、教え子に愛情を持って献身的に仕事をするお父さんの背中を、羽生選手はしっかりと見ていました。

羽生選手は、ソチオリンピック金メダルの報奨金600万円を、震災復興とスケートリンク(整備)のために、全額を寄付することを明らかにしています。

 ◆母親の名前は?

羽生結弦選手のお母さんの名前は、由美さん。

羽生選手は2012年から、お母さんと共にカナダへ渡りました。

キム・ヨナを育てた名コーチ、ブライアン・オーサー氏に師事を仰ぐためです。

しかし、羽生選手は当地で、食事の問題という大きな壁にぶつかってしまいました。

北米特有の大ぶりなステーキや、鹿肉などのジビエ料理が、羽生選手の口に合わなかったのです。

目の前に、大きなお肉や大皿の料理が出ると、それだけで

肉に襲われる…

と怯えてしまいました。

羽生選手はどんどん食が細くなり、そのため免疫力が低下し、体調不良を訴えるようになります。

ここで、本格的な食生活の改善を決意したお母さんは、専門家に相談し、羽生選手の食事の取り方に特徴があることに気がつきました。

羽生選手は、食べ始めて5分ほどで

「ごちそうさま」

と箸を置いて食事を残しますが、20分ほど経つと、また

「お腹が空いた」

と言って食べ始めるのです。

羽生選手は、胃腸が動き始めるのが遅く、食べ始めて時間がたたないと、お腹が空かないタイプだったのでした。

◆母親のV料理とは?

そこでお母さんは、専門家の指導の下、食事を汁ものから始めることにします。

だしのうま味成分である「グルタミン酸」が胃腸を刺激し、食欲を促進させる性質があるためです。

また、視覚的な負担をなくすために、ご飯も茶碗ではなく、俵形のおにぎりにして小分けに出しました。

さらに、鍋が好きな羽生選手に、野菜たっぷりの「V鍋」を考案。

その「V鍋」レシピはこちらです。

水200ミリリットルを入れた耐熱器に細かく砕いたキムチ風味の『鍋キューブ』を1個入れる。

干ししいたけ適量、キャベツ60g、加熱してひと口大に切ったじゃがいも45g、同様のにんじん15g、加熱して3等分にしたアスパラガス1本、加熱してひと口大に切った鶏もも肉60gを入れ、最後にわけぎ(乾燥)0.2gを散らす。

電子レンジ(600w)で5分加熱した後、軽くかき混ぜる。

お母さんの努力が功を奏して、五輪シーズンは練習が増えるにも関わらず、最高のコンディションでソチ五輪に挑むことができました。

ソチオリンピックの金メダルは、お母さんの献身的なサポートが生んだと言っても、過言ではないでしょう。

◆まとめ

羽生家は、お母さんが食事や健康管理など生活面でサポートして、お父さんが優しく見守る。

そして、お姉さんが競技者の先輩として、羽生選手の技術などをサポートすることで成り立ってきました。

現在も温かい家族の支援を受けながら、羽生結弦選手の視線はすでに、韓国・平昌五輪に向けられています。

◇編集後記

羽生結弦選手は、8歳の時からファイテンのネックレスを愛用しています。

そして、現在つけているモデルはこちら。

ファイテン RAKUWAネックX100 (チョッパーモデル) 羽生選手愛用ネックレス

留め具部分が“V字”になっていて、シャープな羽生選手の顔立ちにフィットしています。

眺めているだけでも、羽生選手の気分が味わえますよ(^_-)

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