華原朋美の『家族』~父は鉄鋼会社 兄は介護施設 母は那須で事業

歌手の華原朋美さんが、2015年にデビュー20周年を迎え、話題となっています。

今回は、そんな華原さんを取り巻く『家族』にスポットを当てご紹介します。

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◆父親は鉄鋼会社社長

華原朋美さんの実家は、千葉県内で鉄鋼関連会社や老人福祉施設などを経営する、裕福な家庭です。

父・下河原金道さんは、1966年に株式会社京江シャーリングを創業。

JFEグループを主要取引先として鋼板の加工販売を手掛け、年商30億円の企業へと成長させてきました。

2005年、社長の座を息子に譲った後は、フィリピンで難民児童を救済するNPOを設立し、単身フィリピンで生活をしています。

華原さんが薬物依存に陥った時は、「頑張っていきたいと思うなら、お父さんのところにおいで」というメッセージを娘に送りました。

華原さんは、すぐにフィリピンに渡り、貧しい子供に寄り添い、炊き出しをしたり、プレゼントを届けたり、ボランティア活動に従事します。

そのうちにだんだんと薬が抜けていき、「自分は何をしたいんだろう。どうしたらいいんだろう」と考え、復活への意欲が湧いてきたのでした。。

◆母親は那須で事業?

華原朋美さんのお母さんの名前は、下河原朋子さん。

お母さんは元々、華原さんの芸能界入りに反対でした。

そのため、華原さんが高校1年の時、全日本国民的美少女コンテストの本戦に出た時は、親子面接にて「娘の芸能界入りには反対」と発言。

本戦には出場できない結果となりました。

結局、華原さんは、高校3年の時渋谷の吉野家で、当時の事務所アバンギャルドにスカウトされ芸能界入りしますが(^。^)

娘を心配する母ごころを思わせるお母さんですが、もう一つの顔は、敏腕の実業家。

東京都江東区で「お食事処 朋」を経営するかたわら、株式会社朋コーポレーションを設立し、もろみ酢の販売では国内出荷量の1割を占めています。

さらに、栃木県那須にある、「ダイアナガーデンエンジェル美術館」の経営権も取得しているそうです。

しかし、華原さんは那須までのドライブが大好きで、那須でお母さんとお風呂に入ってリフレッシュしています。

もろみ酢との出会いも、薬で健康不良に陥った華原さんを救うためだったので、皮肉なことに、ビジネスの成功は、華原さんあってのものなのでした。

◆兄は介護施設を経営

華原朋美さんは、兄2人、弟1人の4人兄弟で、1人娘として生まれました。

長兄の名前は、下河原忠道さん。

住宅等の設計施工や高齢者専用住宅を展開する「株式会社シルバーウッド」を設立し、代表取締役を務めています。

2013年8月24日、忠道さんは、華原さんと一緒に「24時間テレビ」に出演し、薬物依存の状態だった妹の姿を、生々しく語りました。

当時の華原さんは、「顔が人じゃない」状態であり、フラフラと下着一枚で道路出て行ってしまうこともあったそうです。

2007年6月、華原さんが所属事務所から解雇されたことを機に。忠道さんら達は、「本気でどうやって薬を抜くか」を考え、閉鎖病棟への隔離を決意。

入所させる際は、「離せバカヤロー!」と大暴れし、兄弟3人で身体を抑え込まなければなりませんでした。

兄弟みんな、泣いていたそうです( i _ i )

◆次兄

華原朋美さんの次兄の名前は、下河原英道さん。

2005年、お父さんの後を継いで、株式会社京江シャーリングの代表取締役を務めています。

◆弟

華原朋美さんの弟の名前は、下河原征道さん。

お母さんの後を継いで、株式会社朋コーポレーションの代表取締役を務めています。

それではここで、華原さん4兄弟の画像をご紹介します。

151119_華原朋美の家族

酸いも甘いも知った感じの、本当に仲が良さそうな兄弟ですね!

◆まとめ

フィリピンから帰国した華原朋美さんは、カラオケボックスで録音した自分の歌のCDを、解雇された事務所に送り続けました。

そして、5年半ぶりに芸能界に復帰。

24時間テレビでは代表曲「I’m proud」を熱唱し、諦めずに支えてくれた家族に感謝を伝えました。

誰よりも誇らしい(proud)家族のために…

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