渡辺健司の『家族』~結婚や子供は?祖父も五輪水泳に出場し金メダル

2017年9月18日、元水泳日本代表として活躍した渡辺健司(わたなべ・けんじ)さんが亡くなりました。

今回は、故人を支えた『家族』を振り返り、在りし日の渡辺さんを偲びたいと思います。

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◆結婚や子供は?

渡辺健司さんは、1969年7月17日生まれで、享年48歳。

結婚されていたという報道は特にありません。

今回の葬儀は、兄の渡辺光司(こうじ)さんが喪主を務めるという事なので、少なくとも現在は、奥さんはいないのでしょう。

豊島区水泳連盟の指導員をされていたので、子供と接する機会は多かったと思いますが、ご自身の子供はいなかったと思われます。

◆祖父も五輪水泳に出場し金メダル

渡辺健司さんの母方の祖父の名前は、豊田久吉(とよだ・ひさきち)さん。

祖父の久吉さんは、1932年のロサンゼルスオリンピックの800mリレーに出場し、なんと金メダルを獲得しています。

さらに驚きなのは、その後「豊田満」の芸名で松竹に入社して、俳優としてデビューしていること。

松竹入社の同期は、佐野周二さん(関口宏さんの父)と上原謙さん(加山雄三さんの父)だったということで、そうそうたる顔ぶれです(゚д゚;)

久吉さんは、「君よ高らかに歌え」「青春満艦飾」「恋愛無敵艦隊」「金色夜叉」などに出演しましたが、戦争で俳優活動が続けにくくなったのでしょう。

戦後は、スイミングプールのコーチとして、水泳の普及に努めました。

気になるのは、祖父の久吉さんも水泳の指導中に体調を崩し、そのまま急死していること。

家系的なものでしょうか?

それとも、水泳のオリンピック選手ともなると、身体に無理が生じるのでしょうか?

◆実家は東京・豊島区

渡辺健司さんは、東京都豊島区の出身。

祖父の影響で、幼稚園の年長の時に、兄・光司さんと一緒にスイミングクラブに入りました。

しかし、子供の頃はお風呂に入るのも嫌いで、プールサイドを歩くのさえも足裏が濡れるのが嫌で歩けなかったそうです。

日本大学豊山(ぶざん)中学校(※)に進むと、中学3年生で1984年ロサンゼルス五輪の競泳男子平泳ぎに出場。※大塚中学校とする報道もあります

14歳でのオリンピック出場は、現在でも男子水泳界で最年少記録です。

その後、日本大学豊山(ぶざん)高校から早稲田大学へ進学。

その間、ソウル、バルセロナと3大会連続でオリンピックへ出場し、バルセロナでは200m平泳ぎで決勝進出、7位に入賞しました。

この時は、平泳ぎ200mで日本新記録(当時)も樹立しています。

ちなみに現在の、同種目の日本記録保持者は、渡辺一平(わたなべ・いっぺい)選手。

《渡辺一平選手の記事》

渡辺一平の『家族』~実家の父と母・3人の姉と掴め東京五輪金メダル

名字が同じで、一平さんも早稲田大学と共通点が多いですが、一平さんの方は大分県出身であり、血縁関係はなさそうですね。

◆まとめ

これまで見てきたとおり、渡辺健司さんの活躍の陰には、偉大な祖父と家族の応援がありました。

今ごろはお祖父さんと、天国で対面を果たしていることでしょう。

ご冥福をお祈り申し上げます。

◇あとがき

ロス五輪と言えば、一定の年齢の方にはなつかしい…(?)

ロス五輪マスコットキャラクターの“イーグルサム”です。

ロサンゼルスオリンピック イーグルサム フィギュア 1984年

ロス五輪では米国代表のカール・ルイス選手が100m、200m、走幅跳、男子4×100mリレーの4種目にエントリー。

全種目で金メダルを獲得し、ロス五輪の主役となりました。

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