徳仁新天皇の『家族』〜雅子皇后、愛子さまと紡ぐ新時代の家系図

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2019年5月1日から新しい時代の象徴となる、徳仁新天皇陛下。

今回は、徳仁新天皇を育み、支え合う『家族』にスポットを当て、ご紹介します。

【プロフィール】
諱:徳仁(なるひと)
御称号:浩宮(ひろのみや)
生年月日:1960年2月23日(58歳)※2018年12月現在

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◆雅子皇后のご実家は?

徳仁新天皇のお妃は、雅子さま。

1963年12月9日生まれで、現在(2018年12月)55歳になります。

旧名は小和田雅子(おわだ・まさこ)さんで、実家のお父上は外交官を務めた小和田恆(おわだ・ひさし)さんです。

小和田家のルーツは、現在の新潟県村上市を治めていた村上藩内藤家五万石の下級武士。

父・恆さんも新潟県の出身で、新潟県立高田高等学校を卒業後、東京大学へ進学しました。

東京大学教養学部とケンブリッジ大学大学院を卒業し、外務省へ入省すると、事務次官にまで昇りつめます。

在職中は在米大使館公使、在ソ連大使館公使、国連大使、国際司法裁判所所長などの要職を歴任し、2018年6月まで同裁判所の判事を務めました。

雅子さまのお母様の名前は、優美子さん。

母・優美子さんもスーパーウーマンで、慶応義塾大学を卒業後、エールフランス航空の東京支社長秘書を経て、恆さんと結婚しています。

◆雅子皇后の華麗なる学歴と経歴

雅子さまは、そんなエリート一家の第一子として、東京・虎ノ門病院で生まれました。

1歳の時、父・恆さんの旧ソ連赴任に伴い、モスクワへ転居。

4歳の時にはアメリカへ転居し、そのままニューヨーク市立第81パブリックスクールへ入学しています。

7歳で日本へ帰国すると、目黒区立原町小学校1年に編入。

その後、新宿区立富久小学校を経て、8歳で田園調布雙葉小学校3年に編入しました。

その後は雙葉中学校、雙葉高等学校へ進学しますが、再び15歳で米国マサチューセッツ州立ベルモント・ハイスクールに編入。

High Honor student (最優等学生)と認められるほど成績優秀だった雅子様は、17歳でハーバード大学経済学部に入学しました。

ハーバード大では数理経済学を専攻し、卒業時には成績優秀な学生に贈られる「Magna Cum Laude(優等賞)」を受賞しています。

ハーバードを卒業しても、雅子様の向学心は収まらず、22歳で東京大学法学部3年に学士入学。

ここで、村角泰(むらずみ・やすし)元大使の娘が外交官になったことに刺激を受けて外交官を志します。

外務公務員採用Ⅰ種試験(外交官試験)をパスすると、東京大学を中退して外務省に入省しました。

◆徳仁さまと雅子さまの馴れ初めは?

徳仁新天皇と雅子さまの馴れ初めは、1986年10月18日。

その日は東京・元赤坂の東宮御所で、スペイン・エレナ王女の歓迎レセプションが行われていました。

雅子さまはまだ外務省入りする前で、外務省幹部だった父・恆さんのご令嬢としてレセプションに出席。

緊張気味に挨拶をする雅子さまに対し、当時の徳仁さまは穏やかに話をされ、会話は少しずつ弾んだと言います。

当時、徳仁さま26歳、雅子さまは22歳でした。

徳仁さまは周囲に、

“外交官のすばらしい女性がいるんです”

と、少し興奮気味に話されていたそうなので、運命の歯車はすでに回り始めています。

その後、日英協会主催のパーティーや高円宮邸の茶会、東宮御所での夜の茶会などでお2人が同席する機会が増えたのは、偶然ではないでしょう(*^_^*)

雅子さまの英国留学などで一時交際が途切れた時期もありましたが、1992年8月に再会。

同年10月には、千葉県市川市の新浜鴨場(しんはまかもば)で徳仁さまがプロポーズされました。

雅子さまは、外交官というキャリアを捨てて皇室に入ることに悩みましたが、

“いろいろな不安や心配がおありでしょうけれども、雅子さんのことは僕が一生、全力でお守りしますから”

とする徳仁さまのお言葉に、結婚を受諾しています。

◆愛子さま

徳仁新天皇と雅子さまにはご令嬢がいて、御称号は敬宮(としのみや)、全名は愛子(あいこ)さまです。

2001年12月1日生まれで、現在17歳(2018年12月)になられる、最年少の女性皇族です。

幼稚園から学習院に入られた愛子さまも、今では学習院女子高等科の2年生。

小学校時代には不登校などの問題もありましたが、今では『嵐』がお気に入りの女子高生。

友達とカラオケに行ったり、ディズニーランド、富士急ハイランドに出掛けるなど、青春を謳歌しているようです。

一方、そろそろ進学先が気にかかる時期でもありますが、学習院大学以外を考えているようですね。

皇室関係者によると、

“国立では一橋大と筑波大、私立では上智大、国際基督教大が選択肢に挙がっています。英国の交通史を専攻された皇太子殿下の影響を強く受け、希望の専攻は史学だそうです”

ということ。

いずれも相当の難関大学ですが、お受験は徳仁新天皇の即位と同じ年度となりますね。

新天皇一家にとって、2019年は大きな節目の年となりそうです。

◆今上天皇

徳仁新天皇のお父上は、今上天皇陛下。

御称号は継宮(つぐのみや)、諱は明仁(あきひと)様です。

1933年12月23日生まれなので、現在(2018年12月)85歳になられます。

今上天皇の学歴は、幼稚園から大学まで学習院。

小学校低学年のころの今上天皇は、どちらかというと消極的で表現力に乏しく、先生に質問されてモジモジされることがありました。

教室には「傅育官」という専任の教育係がいて、殿下に対して

“しっかりしなさい”

と背中を強く叩かれていたそうです。

将来、君主として人前に立つための修行だったのでしょう。

学習院大学政治経済学部2年生の時には、昭和天皇の名代として、エリザベス二世の戴冠式に参列するため渡英。

半年にわたる外遊となったため単位不足となり、3年に進級できなくなってしまいます。

学習院側も特別扱いをせず、殿下の留年が決定。

かくして明仁天皇は大学を中退し、以後は聴講生として学ぶことになりました。

宮内庁のHPを見ると、明仁天皇のご学歴欄には、

学習院大学教育ご終了

とされています。

ちなみに、昭和天皇も大正天皇も、学習院を中退しています。

もっとも「御学問所」で帝王学を修めるため、ということなので、今上天皇とは事情が異なるようですね。

◆美智子皇后

徳仁新天皇のお母上は、現在の皇后陛下。

諱は美智子(みちこ)様、結婚前の旧名は正田美智子さんです。

1934年10月20日生まれなので、現在(2018年12月)84歳になられます。

ご実家の正田家は、日清製粉グループの創業家。

美智子さまの父・正田英三郎氏も、日清製粉グループ本社の社長や会長を歴任しています。

今上天皇と美智子さまの馴れ初めは、長野県の軽井沢会テニスコートで開催されたテニスのトーナメント大会でした。

この出会いは「テニスコートの出会い」として、広く知られていますね。

当時は民間出身のお妃など考えられなかった時代なので、お2人の結婚には反対も多く、ご苦労も多かったと思います。

美智子皇后は84歳の誕生日を迎え、

“皇太子妃、皇后という立場を生きることは、私にとり決して易しいことではありませんでした。与えられた義務を果たしつつ、その都度新たに気付かされたことを心にとどめていく――そうした日々を重ねて、60年という歳月が流れたように思います”

と、感想を語っています。

◆秋篠宮様

徳仁新天皇には弟がいて、御称号は秋篠宮(あきしののみや)、全明は文仁(ふみひと)様です。

1965年11月30日生まれなので、現在(2018年12月)53歳になられます。

お妃は紀子さま。

お子様は眞子さま、佳子さま、悠仁さま。

眞子さまはご結婚問題で、佳子さまはアイドル的目線で、そして悠仁さまは41年ぶりの親王として、いずれも大注目を集めていますね。

◆黒田清子さん

徳仁新天皇には妹もいて、御称号は紀宮(のりのみや)、全名は清子(さやこ)様です。

1969年4月18日生まれなので、現在(2018年12月)49歳になります。

2005年11月15日に、東京都職員の黒田慶樹(くろだ・よしき)さんと結婚し、現在は民間人・黒田清子さんとなっています。

◆まとめ

これまで見てきたとおり、徳仁新天皇の華麗なる家系図の裏側には、心で支え合う『家族』の姿がありました。

新しい時代の象徴として、新天皇ご一家への注目はますます高まりそうですね。

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コメント

  1. 日本人 より:

    平成天皇と書くとは何たること!開いた口が塞がらない!