河野太郎の『家族』~父親への肝臓移植…妻や息子へ与えた影響とは?

自由民主党所属の衆議院議員で、外務大臣を務める、河野太郎さん。

今回は、そんな河野大臣を取り巻く『家族』にスポットを当て、ご紹介します。

【本人プロフィール】
名前:河野太郎(こうの・たろう)
生年月日:1963年1月10日(55歳)
最終学歴:ジョージタウン大学国際学部

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◆父親は河野洋平氏

河野太郎さんの父親は、河野洋平(こうの・ようへい)さん。

1937年1月15日生まれなので、現在(2018年10月)81歳になります。

父・洋平さんも自由民主党所属の元政治家で、衆議院議長、副総理、外務大臣、内閣官房長官など要職を歴任しました。

自民党内ではリベラルの立ち位置だった、河野洋平さん。

慰安婦問題に関して官房長官時代に出した「河野談話」は、後に日韓問題が起こるたびに取り沙汰されるものとなりました。

1993年には自民党総裁となりますが、この時、自民党は野党に転落していたため、自民党初の、首相ではない総裁となっています。

時代が違えば、総理大臣になっていてもおかしくない、悲運の武将と言えます。

◆父親へ肝臓を移植

河野太郎さんの父・河野洋平さんは、36歳の時に肝臓の異変を告げられ、40歳くらいから異様なだるさに襲われるようになりました。

後にC型肝炎と診断され、インターフェロンによる治療を受けたものの改善はありません。

1993年に自民党総裁に就任し、村山内閣の副総理兼外相として八面六臂の活躍をする間も肝炎はさらに進行。

ついには肝硬変と診断され、黄疸が出現し、肝性脳症による意識障害も生じるようになっていきました。

そこで、河野大臣らの勧めによって、肝臓移植を受けることを決定。

2003年4月16日から翌未明にかけて、信州大学医学部附属病院において生体肝移植手術を受けています。

肝臓のドナーとなったのは、息子の河野大臣でした。

移植手術後、父・洋平さんは、毎日、免疫抑制剤を飲んでいますが、今日まで一度も痛みも感じていいないそうです。

◆母親は子宮がんで…

河野太郎さんの母親の名前は、武子さん。

母・武子さんは、東洋紡績会長だった伊藤恭一氏の長女に当たります。

1989年、武子さんは子宮がんの手術を受け、一度は回復しましたが、その6年後にがんで亡くなっています。

◆兄弟はいる?

河野太郎さんの兄弟には、弟と妹がいます。

弟の名前は、河野二郎さん。

二郎さんは現在、競走馬の牧場を運営する『恵比寿興業那須野牧場』の社長を務めています。

妹の名前は、治子さん。

父の洋平さんが生体肝移植を受け切れるきっかけとなったのは、妹さんが

“私の肝臓をお父さんにあげるわ”

と話したのがきっかけでした。

洋平さんは、

“私はそんなことはしたくない。もう一度よく考えよう。今日はもう遅いから帰りなさい”

と話を切りあげましたが、それから家族の間で、生体肝移植の話がどんどん進められていったのです。

◆妻の実家は?

河野太郎さんの夫人の名前は、香さん。

旧姓は大河原香さんという名前で、ご実家は群馬県の名家のようですね。

妻の香さん自身はオーストラリアからの帰国子女で、小学校5年生で日本の小学校に編入しました。

日本の授業にすぐに馴染めなかった香さんは、落ちこぼれとなってしまいます。

しかし、この時出会った教師が、後にTOSS代表となる向山洋一さんでした。

向山先生のお陰で自分らしさを取り戻した香さん。

中学に入って「向山洋一先生」と言う作文を書き、作文日本一の座に輝いています。

河野大臣と結婚してからは、病気の義母の代理として、外務大臣であった義父の補佐として、世界中の国々のトップと交流を持ってきました。

英語が堪能な香さんだからできたことでしょう。

現在も、外務大臣である夫を公私に渡りサポートしています。

◆子供は息子が一人…年齢は?

河野太郎さんの子供は、息子さんが一人いて、名前は河野一平さん。

2002年生まれなので、年齢は今年(2018年)で16歳になります。

結婚して8年間子供ができなかった夫妻ですが、9年目にして香さんは始めてつわりを経験。

時は、河野大臣が肝臓移植のドナーになることを決めたのと、ほぼ同じタイミングでした。

結果として、妊娠初期の香さんに精神的・肉体的に大変な負担をかけてしまいます。

しかし香さんは、熱心に移植に関する英語の文献まで取り寄せて読み、何度も何度も信州大学のドクターに移植した後のドナーの経過を質問。

最後は信州大学で移植手術を受けたドナーの方に直接話を聞き、最後は彼女なりに納得したのでした。

河野大臣は、父親に対する気持ちと生まれてくる子供への責任を天秤にかけ、移植技術をはじめとする医療体制を信じて、ドナーになることを決断しています。

◆まとめ

父親に対する肝臓移植が成功した河野太郎さん。

ただ一つの心残りは、早逝されたお母さんが、

“天国で、親父が来るのを楽しみにずっと待っていたと思う”

ということ。

しかしきっとお母さんは、息子から肝臓移植を受けて夫が生きながらえたことを嬉しく思われていることでしょう。

これからも家族の絆を胸に、河野大臣の挑戦は続いていきます(^o^)丿

《ポスト安倍候補》

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